落合博満は「奇策はたった一試合だけ」なのに、なぜ策士と呼ばれるのか。その素顔を8年間密着取材した記者が語る

落合博満は「奇策はたった一試合だけ」なのに、なぜ策士と呼ばれるのか。その素顔を8年間密着取材した記者が語る

『嫌われた監督』は、元日刊スポーツ記者の鈴木忠平氏が番記者として落合博満氏に密着取材した8年間をまとめたもの。かなり濃厚な一冊である

落合博満……プロ野球に疎い人でもこの名前を知らない人はいないであろう。現役時代は日本プロ野球史上唯一の3度の三冠王に輝き、中日ドラゴンズの監督を務めた8年間で4度の優勝と1度の日本一に輝いた名選手にして名監督である。

 そんな落合氏について書かれた『嫌われた監督』(文藝春秋)が話題になっている。著者の鈴木忠平氏は日刊スポーツ記者として中日ドラゴンズ担当となり、8年間落合氏に密着した番記者だ。

 我が道をゆく姿は「オレ流」と呼ばれ、時には「変人」扱いされることもあった落合氏の素顔とはどんなものだったのだろうか。著者の鈴木忠平氏にSPA!はロングインタビューを敢行。当時を振り返りながら、落合博満氏の素顔、そして彼がドラゴンズとはどんな集団に作り上げたのか、その裏側を余すことなく語ってもらった。

◆禅問答のような返答とその真意

 落合氏が監督だった頃、試合後のコメントはまるで禅問答のような言葉ばかりだったように思えます。私も旧知の記者から聞いたのですが、本当に何も喋らない、コメントをお願いしても返してくれないと頭を抱えていました。

鈴木忠平(以下、鈴木)「そうですね(苦笑)。いわゆるオフィシャルな場の落合さんってとっつきにくいというか……。でも、結局そういう場(試合後の会見など)は、ある程度いろんな意見がある中の最大公約数的なものが求められると思うんです。

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