「政治の犠牲になるのはいつもアスリート」五輪ボイコットで人生が変わった幻の金メダリスト候補

「政治の犠牲になるのはいつもアスリート」五輪ボイコットで人生が変わった幻の金メダリスト候補

谷津嘉章氏。’56年、群馬県生まれ。’80年モスクワ五輪幻の金メダリスト候補

◆全面ボイコットは選手の人生を狂わす

 来年2月開催、北京冬季五輪の「外交的ボイコット」が広がっている。

 米国に続き、12月8日には英国、カナダが「外交的ボイコット」を表明。選手を派遣しない「全面ボイコット」の動きはまだないが、過去には全面ボイコットにまで発展したこともある。

 最悪の事態を迎えた場合、五輪に人生を懸けてきたアスリートの悲痛はいかほどか。

 レスリング日本代表として初出場した’76年モントリオール五輪では8位、そして24歳で臨む’80年のモスクワ五輪で金メダルを期待されながら日本のボイコットで涙をのんだプロレスラーの谷津嘉章氏が当時を回想する。

「五輪は4年に一度。選手はそこに競技人生のピークを持っていく。そして家族、恋人、地元の支援者たちの応援があって、初めて舞台に立てる。一人じゃないんです。

 私は世界のライバルにはメンタル面で負けていた。だから五輪直前に米国、ソ連のエリートたちと試合するために海外遠征をした。当時はソ連に渡るだけで困難な世界情勢だった。ソ連では泊まる場所も自由には選べず、1泊5万円もかかり、相当なお金も支援してもらっていた。だから五輪に出られなかったときは、応援してくれた人たちに本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった」

◆最後まで日本政府を信じていた

 ’79年、ソ連のアフガン侵攻によって、不穏な空気が漂う。

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