「バブル崩壊前、六本木のメイン通りにコンビニなんて一軒もなかった」77年間の街の変遷を辿る

「バブル崩壊前、六本木のメイン通りにコンビニなんて一軒もなかった」77年間の街の変遷を辿る

1980年代前半 六本木の待ち合わせスポットとして有名な喫茶「アマンド」。現在も変わらず営業している

VIPと芸能人が集う街・六本木。さかのぼること77年、その歴史は1945年の終戦から始まる。この地を40年以上にわたり撮り続けている伝説のカメラマン・篝一光(かがりいっこう)の写真とともに、街の変遷を辿った。

◆米軍、野獣会、ヴェルファーレ。六本木を振り返る

 六本木という街はなぜこんなにも華やかで煌びやかなのだろうか。クラブは連日のように若者で膨れ上がり、深夜になると露出の多い美女たちであふれ返る。西麻布の隣に位置し、芸能人が集まる街でもある。

 六本木の勃興には地理的な影響も無視できない。40年以上前から現在に至るまで毎日、夜の街を撮り続けている篝一光氏は話す。

「俺は若い頃、銀座で働いていた。銀座のクラブで飲んだ後はみんな六本木に流れたんだ。六本木で初めて行った店は“クレイジーホース”というクラブだった。その華やかさといったら当時の歌舞伎町とは大違いだった。この街を撮っておきたいと思ったんだよ。六本木は当時から交通の便が悪かった。だから車を持っている人間が勝つ。すると必然的にカネを持った人間が集まるようになったんだ」

 江戸時代、六本木一帯には大名屋敷が広がっていた。明治時代になると、それらは国の管轄となり、軍事施設に姿を変えた。六本木は長らく兵隊の街だったのだ。

◆1945年終戦、GHQが接収

 そして1945年の終戦。

1 2 3 4 5 6 次へ

関連記事(外部サイト)