上島竜兵さんの“純粋な面白さ”。水道橋博士「後輩芸人の憧れでした」

上島竜兵さんの“純粋な面白さ”。水道橋博士「後輩芸人の憧れでした」

記者発表会に臨むダチョウ倶楽部のメンバー。左から寺門ジモン、肥後克広、上島竜兵。撮影日22年4月25日 写真/朝日新聞社

◆「芸人はみな竜さんになりたかった」老若男女に愛された国民芸の数々

 5月11日、ダチョウ倶楽部のメンバー・上島竜兵さんの突然の訃報は、日本中を悲しみに包んだ。フリートーク全盛のいま、本物の芸を極めた一人の偉大なるコメディアンの雄姿を、もう二度と見られないことを惜しむ人も多いのではないか。

 いまや伝説の番組として語られることも多い日本テレビ系『スーパージョッキー』(’83〜’99年放送)で共演し、ダチョウ倶楽部を「兄」と慕うタレントの水道橋博士が振り返る。

「オチをわかっているのに笑ってもらえるし、スベっても笑ってもらえる。まさに芸人の理想を地でいく人だった。アドリブのように見えて、ほとんどアドリブはないんですよ」

◆「いつまでたってもたけし軍団への感謝を口にしていました」

 下積み時代には上島さんと寺門ジモンはテアトル・エコー、肥後克広はコント赤信号のもとストリップ劇場で芝居を学ぶ。ダチョウ?楽部を結成してからはショーパブで芸を磨き、独特の「間」を体得した。

「熱湯風呂をやっていた当時、何回目の『押すなよ』で竜さんを風呂に押すかも綿密に打ち合わせていましたよ。もともと『聞いてないよ〜』『熱々おでん芸』もビートたけしさんの番組で使っていました。それを国民芸にまで高めたのは彼らの功績です。

1 2 3 次へ

関連記事(外部サイト)