棚橋弘至の『3年後理論』とは?「僕は昔の新日本らしくないナンパなイメージで嫌われていた」

棚橋弘至の『3年後理論』とは?「僕は昔の新日本らしくないナンパなイメージで嫌われていた」

新日本の強みは強靭な再生能力

旗揚げ50周年を迎えた新日本プロレスと週刊SPA!が衝撃タッグを実現した。金曜夜8時の黄金期、選手の大量離脱、会社の身売り……そしてV字復活の今。人気を誇る新日本プロレスの選手たちに、カウント2.9から立ち上がる、「新日本プロレス流・人生逆転術」を聞いてきた。新日本の変遷を間近で見てきた棚橋弘至に団体の逆境の裏側を直撃。そこから見える逆転の秘訣とは?

◆入門当時から新日本に吹き荒れていた大逆境

 新日本プロレスの自他ともに認める“エース”棚橋弘至。’99年に入門するが、当時は総合格闘技などの全盛期。ガラガラの会場、ブーイングの嵐、会社の身売りと、まさに逆境の嵐。いわゆる“暗黒時代”だ。不入りもさることながら、棚橋が気になったのは客席から選手コールがほとんど起きなくなっていたことだ。

「試合入場時や最大の見せ場のときでもコールが一切ない。どうにか復活させたくて、ある試合で、『コールが起きるまで試合を始めない』という作戦を取ったんです。先輩レスラーにはすごく怒られましたね(笑)」

◆リング上で涙を流しながら「愛してます!」と絶叫、しかし……

 ’06年に三度目の正直でIWGPヘビー級王座を初戴冠。リング上で涙を流しながら「愛してます!」と叫ぶも最初の反応はいまひとつだったとか。

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