岸田政権が弱いのは、マトモな野党がいないからだ/倉山満

岸田政権が弱いのは、マトモな野党がいないからだ/倉山満

1953年、鳩山一郎は吉田茂率いる自由党を離れ、分党派自由党を結成、総裁に。結党後の総選挙で35人が当選した。後に、8人の小政党となっても「総裁」の席は決してなくならなかった 写真/朝日新聞社

―[言論ストロングスタイル]―

◆粛々と処理すれば良いはずの行政問題に煩わされる日本

 海の向こうではウクライナ事変が続いている。ロシアとNATOも睨み合っているが、アメリカは中国とも対峙している。どこの国でも政治指導者の最大の関心は、「地球上で生き残るには、どうすればいいか」だ。ただし、単に生き残るだけではない。「すべての周辺諸国の靴の裏を舐めて殴らないでもらう」など、外交ではない。仮に実現したとしても、奴隷の平和だ。

 翻って我が日本の重要政策は、「国葬」「統一」「第七波」だ。この三つが、岸田文雄首相の難関とされている。安倍元首相の国葬も、旧統一教会と政界の関係も、コロナの第七波も、粛々と処理すれば良い行政問題だ。国の運命に関わる政治問題ではない。

 では、すべての選挙に勝ち、3年間は選挙を行わないで済むはずの岸田首相がなぜ、この種の問題に煩わされねばならず、政権に強い指導力が生まれないのか?

◆対抗する野党が弱すぎて、政権に強い指導力が生まれない

 理由は簡単で、岸田首相と与党が強いから選挙に勝ったのではない。対抗する野党が弱すぎるだけだからだ。どれくらい弱いか。次の総選挙で岸田自民党にとって代わろうとする政党が無い。

 立憲民主党は、話題にするだけ時間の無駄だ。

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