貧困とDVに苦しんだ「中卒社長」が、カンボジアに小学校を寄付するまで

貧困とDVに苦しんだ「中卒社長」が、カンボジアに小学校を寄付するまで

自身が設立したカンボジアの小学校を視察する中村氏

「世界中の子供たちが安全に勉強できる環境を作りたい」との思いから、カンボジアで小学校建設や女性の就労支援などを行っている一般社団法人「Global Construction Union」(以下、GCU)の理事長の中村英俊氏。なぜ建設会社の一社長が社会貢献に目を向けるようになったのか。中村氏の壮絶な10代から現在に至るその軌跡を聞いた。

◆建設業全体のイメージアップに貢献したい

「自分のようなゴツイ男が社会貢献活動なんて、似合わないと思われるかもしれませんが……」

そんな言葉とともに笑顔を見せるのは、 2017年からスタートした建設会社の業界団体であるGCUの理事長・中村英俊氏。身長181センチ、体重102キロ。まるで格闘家のような風貌の中村氏だが、実はカンボジアでの子どもや女性への支援、ベトナムでの貧困層への寄付、国内の被災地支援など多数のボランティア事業を実施している。GCUは、現在400社の関連企業が加盟する団体だが、創立のきっかけのひとつは「建設業界をもっと働きやすい場所にしたかったから」と中村氏は振り返る。

「建設業界の市場規模は年間17兆~18兆円で企業数は約48万社ですが、売り上げは1億円未満の会社がその多くを占めていると言われています。小さい会社ほど大企業からの中抜きなどを受けやすく、元請会社が25~40%を抜く。さらに1次下請、2次下請が抜いていくので実際に作業する会社はとても厳しくなります。僕自身も下請けで受注していた頃は重複下請で大変な思いをしてきました。こうした理不尽な中抜きがなくなるように、横のつながりを増やして仕事を融通し合ったり、ノウハウを共有したりする建設会社のネットワークを作りたいと思ったんです」

◆貧困にあえいだ幼少期の実体験が原動力に

 業界の働き方の改善やネットワークの構築のほかに、中村氏がGCUを立ち上げた際の大きな動機は「社会貢献を行うこと」だ。

「今はSDGsや社会貢献が叫ばれていますが、建設会社1社だけでは、大きな貢献は難しいし、多くの会社は目の前の仕事が忙しくて手が回らない。でも、複数の建設会社が一緒に協力すれば、大きな支援につながるかもしれないと思いました。そこで、社会貢献を積極的に行う団体として、GCUを立ち上げたんです」

 現在の環境をよりよくしたい。そんな強い意識を抱くようになったきっかけは、自身の幼少期に遡るという。関西で事業を営む裕福な両親のもと、長男として生まれた中村氏だが、父が脳溢血で意識不明になってから日常は一変した。

「父が突然倒れた結果、会社の資金繰りがうまくいかず、巨額な借金が残ってしまったんですね。1年後に父は回復したものの、以前のように会社運営はできなくなってしまったんです。それからは、毎日のように借金取りから逃げ回ることになって、合計で7回は転校しました。中学1年生からは、少しでも学費の足しにするために毎朝、新聞配達も手伝っていました」

◆荒んだ日々を過ごした末にたどり着いた建設業界

 また、困ったのは金銭的な問題だけではない。病気から回復した父は仕事というやりがいを失い、まるで人が変わったかのように家族に厳しく当たるようになったという。

「毎日酒を飲んでは、母や自分に暴力をふるう。父も僕同様、180センチ以上ある巨漢だったので、本当に怖かったです。電信柱に縄で括りつけられて殴られたり、倒れたところに小便をかけられたり。また、『お前なんか生まれてこなくてよかったのに』『早く死んでしまえ』などという言葉の暴力を浴びせられるなど、中学生くらいまで毎日のように父からの虐待を受けていました。ただ、僕は負けん気が強かったので、父に殴られながらも『いつか絶対にこいつを倒してやる』と思いながら、日々を耐え忍んでいましたね」

 中学2年生のとき、ついに父の暴力に耐えかねた母が離婚を決意。その後、母に引き取られた中村氏は高校に入学するも、毎日ケンカをするような荒れた日々を過ごすように。

「10代の中頃は、本当に心が荒んでいましたよね。ケンカが続いて高校を退学し、母からも勘当されてどうしようかと思ったとき、先輩の勧めから建設業界で働きだしました。いざ働き始めると、自分の力でいろんな建物を手掛けられることに充実感を覚え。19歳で独立しました。僕の人生に大きな影響を与えた父も僕が27歳のとき、54歳で他界しました。幼少期からの父への気持ちと印象がよくはなかったのですが、やはり父がいて僕の生があるので、感謝の気持ちで関西でも有名な寺院でおしゃれで大きなお墓を建てました」

◆支援団体に頼るより、自分でやったほうが早い

 建設業界で働きつつも、親戚に難病を抱えた子供がいたこともきっかけとなり、児童福祉施設や医療センターのボランティアを十数年に渡って行うことに。こうした地道なボランティアを通じて実態を深く知るたびに、「お金も人も労力も足りない」という福祉現場の現実を突きつけられたという。そこで中村氏が考え至ったのが、社会貢献にも積極的に取り組む業界団体の設立だった。

「最初は福祉支援団体などに、稼ぎを寄付すればいいんじゃないかと思ったんです。でも、支援団体に寄付をしても、その大半が中抜きされることも多いと聞いて、『だったら、自分でやったほうが納得できるし、お金の使い方も明朗だな』と。ただ、自分一人ではやれることは限られているので、自分と同じように社会福祉やボランティアなどに関心のある建設会社を集めて、一緒に社会貢献できたらいいなと考えました」

◆養護施設や被災地、発展途上国への支援

 現在は自身の建設会社を経営する一方で、GCUの活動にも力を入れているという中村氏。そこで行う社会貢献は国内外に幅広い。

「まず、現在、定期的に実施しているのが、全国の養護施設や老人ホームにエアコンのクリーニングや抗菌活動です。そのほか、災害などが起こった際は、現地で何が必要かを確認して、物資を届けるなどの活動も行っています。たとえば、熊本県の豪雨災害の際には、単価が高いからこそ不足しているといわれていたおむつやPCRキットの物資支援。あとはユンボやトラック、ダンプなどの工事車両の手配を行いました」

 また、自分自身が幼少期に貧困家庭で虐待を受けた影響か、さまざまな支援のなかでも特に力を入れているのが貧困国の子供への支援だ。

「東南アジアの国でも貧困層が多いカンボジアで、現在は重点的な支援を行っています。今では観光地のイメージのあるカンボジアですが、1990年代まで20年以上に及ぶポル・ポト政権下の内戦が続いていた地でもあります。この内戦で教師や医師、学生など知識層と呼ばれるカンボジア人の多くが亡くなり、国力が大きく衰退しました」

◆カンボジアの貧困村で小学校を設立

 カンボジアはポル・ポト政権崩壊後も教員や教科書、学校が極端に不足し、現在に至るまで根深い問題として爪痕を残してしまっている。

「カンボジアの貧困村で小学校を作って、大勢の子供たちを卒業させています。あと、子供がきちんと教育を受ける時間を作るには、家族の所得向上も重要です。現在はバナナ農園を開業し、収穫できたバナナを現地で販売。衛生完備された工場でバナナチップスに加工し、今後は日本でも販売し、収益を現地の村へ届けるというプロジェクトも進めています。プロジェクト1年目で、不安もありましたが大豊作となりました。何をするにもお金と時間と労力はかかるもの。でも、自分たちのような社会支援とは縁が遠かった企業でも、やりたいと思う気持ちを形にすることはできる。ぜひ考えを同じくする人々とともに、これからも地道な活動を続けていけたらと思います」

<取材・文/藤村はるな>

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