深夜のフリーウェイをTOKYOへ――フミ斎藤のプロレス読本#009【Midnight Soul編4】

深夜のフリーウェイをTOKYOへ――フミ斎藤のプロレス読本#009【Midnight Soul編4】

“Midnight Soul”エピソード4は、新日本プロレスのレフェリー&外国人選手担当のタイガー服部と筆者の会話から(写真は、アメリカで悪党マネジャーとして活躍していたころの服部=右側。まんなかはマサ斎藤、左側=イワン・コロフ。1977年ごろのNWAフロリダ地区より)

 1992年

 いつのまにかバスは数百人のファンに取り囲まれていた。前方のウインドーから外を見わたすと、体育館の裏口と日本人選手用のバスとこのバスとを結んでちょうど正三角形のような形で群集ができあがっていた。まるでぎゅうぎゅうづめの満員電車のような状態だ。

「なあ、サイトーよぉ、これがあるから、みんなやめられないんだよな。ああ、うるせえなあって思う日もあるけどさ、引退しちゃったら、だれも寄ってきやしないんだもん。だから、やめられないんだよ」

 「はあ、そうですか」彰俊は、越中のことばにていねいにうなずいた。

 アリーナの通用門のところでは、人気者の武藤敬司が足止めを食っていた。ちょっと離れたところには蝶野正洋もいる。これだけの数のファンがおしくらまんじゅうをはじめたら、いくら体が大きくて力が強いプロレスラーだって身動きがとれない。

 べつのところでは、メインイベントの試合を終えたばかりの馳浩の姿もみえた。若手グループと警備員がファンの集団のまえにロープを張って選手たちをバスのところまで誘導しようとしているが、まったく効果がない。

「おお、ガイジンはどうしたんだよー、ガイジンは。もう10時だぜ。夜が明けちまうよ」

 越中がいら立っている。そういえば、とっくに試合を終えているはずの外国人選手たちがいっこうにバスに乗ってこない。

 日本人選手たちのほとんどが無事にバスに乗り込んでからしばらくすると、こんどはさっきと同じ通用門に外国人選手の集団が現れた。

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