忘れてはならない日。天皇陛下と沖縄県民の「知られざる」心の交流【評論家・江崎道朗】

忘れてはならない日。天皇陛下と沖縄県民の「知られざる」心の交流【評論家・江崎道朗】

波上宮の境内に立つ明治天皇像

【江崎道朗のネットブリーフィング 第14回】

トランプ大統領の誕生をいち早く予見していた気鋭の評論家が、日本を取り巻く世界情勢の「変動」を即座に見抜き世に問う!

◆米軍統治下での沖縄県民の苦しみ

 6月23日は、沖縄戦終結の日。

 今からおよそ30年前の学生時代、沖縄に何度も訪れたことがある。

 沖縄戦、基地問題を沖縄の人たちがどう考えているのか、訊いて回ったのだ。

 多くの出会いがあったが、そのなかで今でも鮮明に記憶している人がいた。それは那覇市内の繁華街「国際通り」で沖縄の衣装「かりゆし」をつくって販売しているお店を営むTさんだ。この方は両親と妹を沖縄戦で亡くしていた。Tさんは遺されたもう一人の妹を抱えて戦後、生き抜いてきたのだが、学生だった私にこう語ったのだ。

「江崎さん、私は米軍に両親と妹を殺されたんだ。それが戦争に負けて沖縄は米軍の統治下に置かれたんだ。その苦しみは本土の人にはわからないだろう」

「どういう意味ですか?」

「肉親を殺した仇である米軍にニコニコと笑いながら頭を下げて、かりゆしを買ってもらって生き延びてきた。その苦しみが本当にわかるのか? 目の前にいる仇に笑顔で売らないと自分と妹は食っていけなかったんだぞ」

 その方は日本に復帰すれば、米兵に媚を売らなくて済むと期待していたそうだが、米軍はそのまま残り、強い失望と怒りを覚えたと語った。

 沖縄全戦没者追悼式には必ず参列するというTさんは「日本の安全保障上、沖縄に軍事基地が必要なのはわかっている。

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