マイケル富岡「ディスコのVIPルームの会計は一度も払った記憶がない」

マイケル富岡「ディスコのVIPルームの会計は一度も払った記憶がない」

マイケル富岡

インターナショナルスクールに通いつつ、10代でモデルやDJとして活躍していたマイケル富岡(1961年生まれの55歳)。関西の大学でテニスサークルに所属し、最大公約数的なキャンパス生活を過ごしながら卒業後に就職のため上京。画材屋でレジを打つ毎日だった山田ゴメス(1962年生まれの54歳)。埼玉県の大学に通うため三重県から上京。学生時代はミニコミ誌制作に明け暮れ、その流れで出版社に潜り込み、編集者として働くようになった石原壮一郎(1963年生まれの53歳)。甘えと責任がアンニュイに絡みつく10代前半から20代を80年代とともに過ごした彼らの目に、バブル経済へと向かう時代の高揚感や光景は、どのように映っていたのだろう?

◆ディスコに行ってもナンパできず……

石原壮一郎(以下、石原):ゴメスさんはディスコ(※1)とか行きました?

山田ゴメス(以下、ゴメス):いや、ディスコは敷居が高くてあんまり。大学時代に大阪で5回ほど、社会人になって東京で2回行ったことがあるだけ。

石原:私も何度か勇気を振り絞って行ってみました、男2人で。でも「あのコがいいんじゃない? このコのほうがいいんじゃない? でも、あっちに彼氏がいるみたいだし……」なんてお互いにヒソヒソし合うばかりで、気がつくと朝になっていていました。帰り道、「今日はかわいいコがいなかったなあ」と負け惜しみ言ってました。(※2)

マイケル富岡(以下、マイケル):女のコに声はかけなかったの?

ゴメス:とんでもない!!

石原:我々にとって、ディスコで女のコに声をかけるって行為は神の所業なんですよ。

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