かつての援交少女が当時を振り返る「携帯代に月4万円。なんも考えずにやっていた」

かつての援交少女が当時を振り返る「携帯代に月4万円。なんも考えずにやっていた」

【1997年5月21日号】ワガママで金満。そんなイメージがあった“女子高生バブル”の主役たちのその後を紹介

 世が好景気にまだ浮かれていた1988年6月に誕生した週刊SPA!。その後のバブル崩壊など社会情勢の変化の中、時代時代の女たちをどう切り取ってきたのか? いま一度、振り返る!

◆この世の春を謳歌した援交少女たちのその後とは?

 「援助交際」という言葉が世間を賑わせたのは、今から遡ること約20年前、’90年代なかばのこと。それ以前は売春の担い手たちだけが知っていた業界用語が突然、世間を賑わせることとなり、’96年には新語流行語大賞にノミネートされるほどに一般化した。

 週刊SPA!でその世相を振り返ると、

「コギャルの援助交際価格暴落で浮き彫りになる“世も末”経済学」(’96年4月16日号)

「援助交際世代がボクらの会社にやってきた!」(’97年5月21日号)

 と、規制の強化を受けて取り巻く状況が変わっていく最中の、かつての援交少女たちを追っている。

 その後は携帯電話の普及や出会い系サイトの誕生などにより再び隆盛を取り戻していくと、

「家出少女たちの危険な肉体資本放浪ライフ」(’04年9月28日号)

「急増中出会い喫茶の謎 援交女の待機カフェ?」(’06年5月23日号)

「少女援デリの大繁盛は終わらない!」(’09年9月22・29日号)

 と時代とともに不気味に姿を変える援交の実態をリポートした。

 では、かつての援交少女たちは今、何をしているのか? ’00年代前半、高校生が一人1台携帯を持つのが当たり前になった時代に援交を始めたという三上理沙さん(仮名・31歳)は「今になって考えると、性欲も処理できてお金も稼げたから、なんも考えずにやっていた」と振り返る。

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