きっかけは東日本大震災。90年代パンクブームが’10年代に復活した理由

きっかけは東日本大震災。90年代パンクブームが’10年代に復活した理由

写真はイメージです

 知らない人はまったく知らない話だろう。彼らはほとんどテレビやラジオに出なかったし、巨大ホールでのライブはあえて避けていた。しかし、それでも日本中の若者たちが熱狂し、全国のCDショップではインディーズコーナーの作品が貪るように漁られていた。いつしかライブハウスに集う若者たちが“キッズ”と呼ばれ始めた’90年代。大きなうねりは’90年代末に入ると数万人の勢いとなり、「AIR JAM」というフェスを生み出すまでになる。それは控えめに言っても、時代が生み出した奇跡だった。

◆東日本大震災を契機に多くのバンドが再結成。爆音は今も鳴り続ける

 ’00年代後半になり、パンクブームは終わった。だが’10年代に入ると、ファンはおろか、当事者たちも想像していなかった新しい動きが起きる。きっかけは東日本大震災だ。3.11直後から、ハイスタのメンバーは再び水面下で顔を合わせ、こんな状況だから再びハイスタを、「AIR JAM」をやるべきではないかと話し合っていた。ただしそれは’12年の計画。しっかり準備期間を設けて、被災地で開催しようという話だった。

 そこに割って入ったのがブラフマンのTOSHI-LOWだ。震災直後から地元の茨城へ、そして東北へと直接物資を運んでいた彼は、「時間がない。今すぐ、今年の夏に『AIR JAM』をやってくれ」とメンバーに直談判。奇跡の再結成を一気呵成に進めていく。「AIR JAMって祭りがあって、中心はもちろんハイスタで俺たちは“その他”扱い。

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