“格闘王”前田日明「『ヤッていいんだよ』というところだけが大きくなりすぎた」――最強レスラー数珠つなぎvol.16

“格闘王”前田日明「『ヤッていいんだよ』というところだけが大きくなりすぎた」――最強レスラー数珠つなぎvol.16

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 中学2年生の終わり頃、両親が離婚し、前田日明は父親に引き取られた。父親は家を空けることが多く、わずかばかりの生活費を残しては、ひと月もふた月も帰ってこない。生活は荒んでいった。高校に入るとバイクを乗り回し、気に食わないことがあると手当たり次第、喧嘩をふっかけた。孤独だった。

「プロレスラーになってね、いつも周りに人がいるでしょ。それが嬉しかったんですよ。練習がキツくても、先輩に怒鳴られても、人に構ってもらえるということが嬉しかった」

 1984年、新日本プロレスを退団し、新団体・UWFの旗揚げに参加した。UWFが解散すると、新生UWFを引っ張っていくことになった。一筋縄ではいかなかった。しかしなんとしてでも、選手たちを食わせていかなければいけない。なぜならこいつらが、俺の家族だから――。

 前田日明は、幼い頃に失われた家族のぬくもりを、UWFの中に見出していた。

【vol.16 前田日明】

――藤原組長のご指名です。UWFの同志である組長は、前田さんにとってどんな存在ですか。

前田日明(以下、前田):藤原さんてね、うちの死んだ父親に性格がそっくりなんですよ。いいところも悪いところも。気が短くて、いつもカッカしてて、意固地でね。豪快なところがあるかと思ったら、すぐ拗ねる。藤原さんを見ていると、いつも父親のことを思い出すんです。藤原さんからはいろんなことを勉強しましたよ。

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