初期衝動でスプレーを持って街に出た男。彼に待ち受けていた「代償」と「制裁」<グラフィティの諸問題を巡る現役ライター・VERYONEとの対話>第4回

初期衝動でスプレーを持って街に出た男。彼に待ち受けていた「代償」と「制裁」<グラフィティの諸問題を巡る現役ライター・VERYONEとの対話>第4回

VERYONEが参加している2人展の会場。記者が訪れたときは「タコ焼きパーティ」が行われていたが、作品に臭いがつくため硬いギャラリーではありえない「ストリート感」に満ち溢れていた(念のため、若い作家の個展のパーティなどでは別にないことではないが)

今年1月の「バンクシー(Banksy)騒動」に端を発した、グラフィティ・ライターVERYONEと門外漢としてグラフィティを知識なく撮影してきた記者の奇妙な対話のこのシリーズ。いよいよ、VERYONEがなぜグラフィティをするようになったのかが明かされる。

「落書き」自体の歴史は、クロマニョン人が描いたとされる2万年前のラスコー洞窟壁画(フランス)、1万8000年前のアルタミラ洞窟壁画(スペイン)までさかのぼれるかもしれない。そして、街中に「グラフィティ」が出現するようになったのは、1970年代のアメリカ・ニューヨークが最初だと言われている。

 グラフィティにはもちろん絵も含まれるが、「名前を残すゲーム。文字を書くのが一般的なアートとの違い」というヴェリーさん(VERYONE)のグラフィティの定義に従うならば、約6000年前に古代のシュメール人が世界最古の文字と言われる絵文字を粘土板に刻んだ頃にも、現在のイラクあたりで似たようなことが行われていたかもしれない。もちろん、何の証拠もないし、粘土板に文字を書いていたので壁に書くのは難しそうだし、さらに文字の発祥の歴史にも諸説あるが、私が確実な歴史的事実として記述できるのは「ヴェリーさんが最初に街なかに文字を残したのは今から23年前の1996年」ということだ。

「16歳か17歳の頃、僕はヒップホップのDJをやっていて、その関連の情報をずっと収集していたんですね。

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