日銀次期総裁・植田氏から取った“言質”。今ほど日本をよくできる局面はない/倉山満
2023年03月13日 08時51分SPA!

「日銀による金融緩和の成果を継承し、積年の課題である物価安定の達成の総仕上げを行う5年間としたい」と2月24日の所信聴取で述べた植田氏の動向から目を離してはならない 写真/産経新聞社
◆日銀人事の問題は浮気で別れた恋人と復縁するのと同じ
この問題、難しいように見えて、要するに「あなたは、浮気で別れた恋人と復縁しますか? 信じられますか?」と同じだったりする。
次期日本銀行総裁に予定されている植田和男・東京大学名誉教授、副総裁に予定されている氷見野良三・前金融庁長官と内田眞一日銀理事に対する、所信聴取と質疑が衆参両院で行われた。
この3人の言うことは、まるで示し合わせていたかのように同じだった。もちろん、正副日銀総裁になろうとしている3人が摺り合わせ、していないはずがないが。
10年に及ぶ「異次元の金融緩和」は、景気回復まで達成半ばで黒田東彦現総裁の退任に至る。あともう少しで、デフレ完全脱却に至るところまで来た。デフレの定義は「2年連続物価が下落し続けること」だから、この意味でのデフレは脱した。
しかし、まだまだ国民に好況感は無い。数字で言えば、2%の物価上昇率が安定期に入ったとは言い難い。ウクライナ危機による資源高で物価が上がっているだけだ。コストプッシュインフレと言って、経済が成長しているから物価が上がっているのとは違う。
だが、それでもデフレよりはマシだ。デフレ完全脱却まで、あと一息! 2%の物価水準を安定させる正念場だ。ただし、ここですべてを台無しにしたら、今度はどうやって経済を立て直せばいいのか、もはや見当もつかない。
◆日銀はいわば「前科四犯」
そもそも、バブル崩壊以後、ここまで不況が長期に及んだ原因は何か。歴代日銀総裁、特に日銀出身者が政策を誤ったからだ。
バブルをハードクラッシュさせた三重野康、失われた10年をもたらした速水優、小泉内閣の景気回復策を後ろから刺した福井俊彦、リーマンショックから地獄のデフレへ叩き落とした白川方明。いわば日銀は「前科四犯」だ。
今度の植田新執行部は、内田眞一副総裁予定者が中心人物と見られている。「前科四犯」の言い方、厳しいか? ならば言い直そう。10年前、4度の浮気が理由で別れた恋人が復縁を迫ってきた。「今度こそ信じてくれ!」と言われて信じられるか?
植田総裁予定者の信頼性に関しては、前号前々号と疑念を呈してきた。世間では「速水執行部に楯突いた良心的学者」のように語られるが、真相は違う。本音は、金融緩和なんか大嫌いだ。実際、そういう言動を残している。
意外とどうでもよくないのだが、名前が漏れるや早速、最初の号の『新潮』と『文春』で「植田総裁の女好き」が軽いジャブのように報じられた。
◆植田総裁に問うべき六つの質問
正副日銀総裁は国会同意人事と言って、総理大臣の指名後に衆参両院で、所信聴取と質疑。その後に採決となる。では、「どうなるか?」よりも「どうするか!」。
私が理事長兼所長を務める救国シンクタンクでは、「植田総裁に問うべきこと」という六つの質問をまとめ、日ごろ付き合いがあって興味がありそうな国会議員にお渡しした。どこをどう伝わったか、結果すべて聞いていただいた。そして、植田総裁予定者から言質を取れた。以下大意を解説する。
第一の質問。「金融緩和の効果をどう考えるか。かつては批判的だったようだが」
植田予定者の答弁は、(福井総裁時代の)量的緩和に関してはやりかたがまずかった。今の黒田総裁時代は質的緩和であり、極めて効果的だ。
つまり、黒田総裁時代の「異次元の金融緩和」をしばらく続けるとの宣言だ。
第二の質問。「マイナス金利の副作用については」
答弁は、副作用はあるが、限定的であり、緩和策も行われている。
マイナス金利は、今や金融緩和を支えている。これに高い評価を与えた。続ける気だ。
第三の質問。「YCC(イールドカーブコントロール)を見直す気か」
答弁は、副作用はあるが、緩和もされている。色々な具体策があるがここでは差し控える。
YCCは金利をコントロールする方策だ。これまた金融緩和を支える政策だ。これには言質を与えなかった。さすがに相場に影響を与えるので言えなかったとも言えるが。
◆植田氏は景気回復策をやめるような真似をしないと宣言した
第四の質問。「インフレ目標を見直す気はあるか」
答弁は、直ちに変える必要はない。
10年前に当時の安倍晋三首相と黒田東彦総裁が共同声明で政策目標を共有、2%の物価上昇率を達成するまで異次元の金融緩和を続けると約束したが、これを変える気はない。要するに金融緩和をしばらく続けるとのことだ。
第五の質問。「今のインフレ率をどのように考えるか」
答弁は、様々な指標があるが、賃金の上昇も含めて注視したい。
今がインフレ傾向だからと、かつての日銀のようにいきなり金利を引き上げて、景気回復策をやめるような真似をしないと宣言した。
第六の質問。「賃金の上昇をどう考えるか」
答弁は、日銀が賃金上昇を約束することはできないが、企業などが賃金を上げられる環境を作るべく最大限の努力をする。
◆今ほど国民輿論の力で日本をよくできる局面はない!
以上を聞いて私は「言質取ったぞ!」と叫んでしまった。今ほど国民輿論の力で経済だけでなく政治をよくできる局面はない!
どうなるか? 知らん。植田総裁予定者の発言を額面通りに聞いたら、模範解答の満点だ。市場も好反応を示している。
しかし、日銀正副総裁のみならず政策決定会合に参加する6人の委員を含めた9人は、裁判官並みの身分保障がなされる。本気になれば総理大臣が何を言おうが手も足も出ない。
最近話題の『安倍晋三回顧録』でも、当時の小泉純一郎首相と安倍晋三官房長官が必死に福井総裁を説得しようとしたが、無視されたとある。結果、緩やかな景気回復が終わった。
◆裏切らないよう、国民輿論が監視し続ければいい
この教訓があるから、岸田文雄首相は、いわくつきの人物を総裁に指名したのかと勘繰りたくなる。裏切ったら、権限以外の方法を使って脅す気か。一般論だが、脇が甘く脅しに弱い人間は、あらゆる方向から脅されて、どうにもならなくなる。
ならばどうするか!?
国民輿論が監視し続ければいい。手始めは4月27日に予定される新執行部での政策決定会合だ。国会で約束したことを守らせる! おかしなことをしたらタダでは置かない。外国のように革命を起こす必要はないが、相応の制裁のやり方はある。
約束は守らせるものだ。
【倉山 満】
’73年、香川県生まれ。憲政史研究者。救国シンクタンク理事長兼所長。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中より国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務め、’15年まで日本国憲法を教える。ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰し、「倉山塾」では塾長として、大日本帝国憲法や日本近現代史、政治外交についてなど幅広く学びの場を提供している。主著にベストセラーになった『嘘だらけシリーズ』や、『13歳からの「くにまもり」』を代表とする保守五部作(すべて扶桑社刊)などがある。『沈鬱の平成政治史』が発売中
この問題、難しいように見えて、要するに「あなたは、浮気で別れた恋人と復縁しますか? 信じられますか?」と同じだったりする。
次期日本銀行総裁に予定されている植田和男・東京大学名誉教授、副総裁に予定されている氷見野良三・前金融庁長官と内田眞一日銀理事に対する、所信聴取と質疑が衆参両院で行われた。
この3人の言うことは、まるで示し合わせていたかのように同じだった。もちろん、正副日銀総裁になろうとしている3人が摺り合わせ、していないはずがないが。
10年に及ぶ「異次元の金融緩和」は、景気回復まで達成半ばで黒田東彦現総裁の退任に至る。あともう少しで、デフレ完全脱却に至るところまで来た。デフレの定義は「2年連続物価が下落し続けること」だから、この意味でのデフレは脱した。
しかし、まだまだ国民に好況感は無い。数字で言えば、2%の物価上昇率が安定期に入ったとは言い難い。ウクライナ危機による資源高で物価が上がっているだけだ。コストプッシュインフレと言って、経済が成長しているから物価が上がっているのとは違う。
だが、それでもデフレよりはマシだ。デフレ完全脱却まで、あと一息! 2%の物価水準を安定させる正念場だ。ただし、ここですべてを台無しにしたら、今度はどうやって経済を立て直せばいいのか、もはや見当もつかない。
◆日銀はいわば「前科四犯」
そもそも、バブル崩壊以後、ここまで不況が長期に及んだ原因は何か。歴代日銀総裁、特に日銀出身者が政策を誤ったからだ。
バブルをハードクラッシュさせた三重野康、失われた10年をもたらした速水優、小泉内閣の景気回復策を後ろから刺した福井俊彦、リーマンショックから地獄のデフレへ叩き落とした白川方明。いわば日銀は「前科四犯」だ。
今度の植田新執行部は、内田眞一副総裁予定者が中心人物と見られている。「前科四犯」の言い方、厳しいか? ならば言い直そう。10年前、4度の浮気が理由で別れた恋人が復縁を迫ってきた。「今度こそ信じてくれ!」と言われて信じられるか?
植田総裁予定者の信頼性に関しては、前号前々号と疑念を呈してきた。世間では「速水執行部に楯突いた良心的学者」のように語られるが、真相は違う。本音は、金融緩和なんか大嫌いだ。実際、そういう言動を残している。
意外とどうでもよくないのだが、名前が漏れるや早速、最初の号の『新潮』と『文春』で「植田総裁の女好き」が軽いジャブのように報じられた。
◆植田総裁に問うべき六つの質問
正副日銀総裁は国会同意人事と言って、総理大臣の指名後に衆参両院で、所信聴取と質疑。その後に採決となる。では、「どうなるか?」よりも「どうするか!」。
私が理事長兼所長を務める救国シンクタンクでは、「植田総裁に問うべきこと」という六つの質問をまとめ、日ごろ付き合いがあって興味がありそうな国会議員にお渡しした。どこをどう伝わったか、結果すべて聞いていただいた。そして、植田総裁予定者から言質を取れた。以下大意を解説する。
第一の質問。「金融緩和の効果をどう考えるか。かつては批判的だったようだが」
植田予定者の答弁は、(福井総裁時代の)量的緩和に関してはやりかたがまずかった。今の黒田総裁時代は質的緩和であり、極めて効果的だ。
つまり、黒田総裁時代の「異次元の金融緩和」をしばらく続けるとの宣言だ。
第二の質問。「マイナス金利の副作用については」
答弁は、副作用はあるが、限定的であり、緩和策も行われている。
マイナス金利は、今や金融緩和を支えている。これに高い評価を与えた。続ける気だ。
第三の質問。「YCC(イールドカーブコントロール)を見直す気か」
答弁は、副作用はあるが、緩和もされている。色々な具体策があるがここでは差し控える。
YCCは金利をコントロールする方策だ。これまた金融緩和を支える政策だ。これには言質を与えなかった。さすがに相場に影響を与えるので言えなかったとも言えるが。
◆植田氏は景気回復策をやめるような真似をしないと宣言した
第四の質問。「インフレ目標を見直す気はあるか」
答弁は、直ちに変える必要はない。
10年前に当時の安倍晋三首相と黒田東彦総裁が共同声明で政策目標を共有、2%の物価上昇率を達成するまで異次元の金融緩和を続けると約束したが、これを変える気はない。要するに金融緩和をしばらく続けるとのことだ。
第五の質問。「今のインフレ率をどのように考えるか」
答弁は、様々な指標があるが、賃金の上昇も含めて注視したい。
今がインフレ傾向だからと、かつての日銀のようにいきなり金利を引き上げて、景気回復策をやめるような真似をしないと宣言した。
第六の質問。「賃金の上昇をどう考えるか」
答弁は、日銀が賃金上昇を約束することはできないが、企業などが賃金を上げられる環境を作るべく最大限の努力をする。
◆今ほど国民輿論の力で日本をよくできる局面はない!
以上を聞いて私は「言質取ったぞ!」と叫んでしまった。今ほど国民輿論の力で経済だけでなく政治をよくできる局面はない!
どうなるか? 知らん。植田総裁予定者の発言を額面通りに聞いたら、模範解答の満点だ。市場も好反応を示している。
しかし、日銀正副総裁のみならず政策決定会合に参加する6人の委員を含めた9人は、裁判官並みの身分保障がなされる。本気になれば総理大臣が何を言おうが手も足も出ない。
最近話題の『安倍晋三回顧録』でも、当時の小泉純一郎首相と安倍晋三官房長官が必死に福井総裁を説得しようとしたが、無視されたとある。結果、緩やかな景気回復が終わった。
◆裏切らないよう、国民輿論が監視し続ければいい
この教訓があるから、岸田文雄首相は、いわくつきの人物を総裁に指名したのかと勘繰りたくなる。裏切ったら、権限以外の方法を使って脅す気か。一般論だが、脇が甘く脅しに弱い人間は、あらゆる方向から脅されて、どうにもならなくなる。
ならばどうするか!?
国民輿論が監視し続ければいい。手始めは4月27日に予定される新執行部での政策決定会合だ。国会で約束したことを守らせる! おかしなことをしたらタダでは置かない。外国のように革命を起こす必要はないが、相応の制裁のやり方はある。
約束は守らせるものだ。
【倉山 満】
’73年、香川県生まれ。憲政史研究者。救国シンクタンク理事長兼所長。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中より国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務め、’15年まで日本国憲法を教える。ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰し、「倉山塾」では塾長として、大日本帝国憲法や日本近現代史、政治外交についてなど幅広く学びの場を提供している。主著にベストセラーになった『嘘だらけシリーズ』や、『13歳からの「くにまもり」』を代表とする保守五部作(すべて扶桑社刊)などがある。『沈鬱の平成政治史』が発売中
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