アメリカと日本でこんなに違う子育て事情。「日本の少子化は必然」と感じる理由
2023年03月15日 15時52分SPA!

とにかくお金がかかるアメリカの子育て。しかし、パンデミック中のリモート勤務でゆとりができたせいか、2021年に出生率が15年ぶりに上昇
2月28日の厚生労働省の発表(人口動態統計の速報値)によれば、2022年の日本の国内出生数は、統計開始から初めて80万人を割り込み、国の想定より10年以上早く少子化が進んでいることがわかった。もはや待ったなしの状況で、岸田政権が掲げる「異次元の少子化対策」が論争を呼んでいる。
20年前に日本を離れてアメリカで暮らし子育てをする筆者が注目するのは、その3つ目に当たる「働き方改革」だ。
◆金銭的負担の伴うアメリカの子育て
共働きが当たり前のアメリカだが、じつは日本のように充実した公的産休・育休制度は存在せず、4人に1人の母親が産後2週間で職場復帰しているというデータもある。しかも、年間保育料は全米平均で1万4000ドルと言われ、日本円にすると約190万円の出費となる。
それを考えると、国や自治体からの支援が手厚く、公費負担により長期の産休・育休が用意され、保育料が激安となる日本のなんと恵まれていることか。今回の「異次元の少子化対策」による1つ目「児童手当など経済的支援の強化」、2つ目「学童保育や病児保育、産後ケアなどの支援拡充」では、さらなる金銭面でのサポートが見込まれている。
でははたして、日本人は“育児にお金がかかるから”という理由で結婚や出産を躊躇しているのだろうか?
2人目、3人目の出産なら、たしかにそういうことも大きいかもしれない。ただ、アメリカ人は日本のような公費負担によるサポートがほとんど期待できなくても、産む人は産んでいる。働く女性の目線で思うのは、「異次元の少子化対策」の成功は、その3つ目「働き方改革の推進」次第なのでは、ということだ。
◆20年経っても変わっていない? 日本の残業文化
日本にも子どもがたくさんいた時代はあった。高度経済成長を支えた団塊世代と、その子どもに当たる団塊ジュニア世代が生まれた頃だ。それぞれ第一次ベビーブーム、第二次ベビーブームと呼ばれた。しかし、バブルが崩壊し、団塊ジュニア世代は就職氷河期の影響をもろに受けてしまった。
正社員採用が狭き門となった結果、多くが非正規労働を余儀なくされ、人員削減により仕事量は増えても、バブル期までのような昇給も福利厚生も期待できない負のスパイラルに突入。都心で働く結婚適齢期の男女が、平日は終電まで残業を強いられ、週末は疲れ切って目が覚めると、もう日が傾いている。そんな生活を送っていては、結婚や出産を考えられるはずもない。当然、第三次ベビーブームは起きなかった。現在の少子化は、当時の失策が尾を引いているのであろう。
現地ライターとして、これまでアメリカの子育て事情についての記事を日本語メディアに寄稿してきた。日本で働き方改革が叫ばれて久しいが、記事の反響を見る限り、20年経っても日本人の意識があまり変わっていないようで驚く。そして、日米の働き方の違いを痛感するのだ。
日本には、社員そろっての残業や夜遅くまでの「飲みニケーション」を美徳とする文化が根強く残っている。高度成長期にはなくてはならないものだったのかもしれないが、時代は変わった。
コロナ禍の真っ只中では「飲み会禁止令」が出される企業も少なくなかったが、今ではすっかり元通りになりつつある。
これがなくならない限り、出生率低下もワンオペ育児も解消には至らないのではないか。
◆夫婦で育児参加できる働きやすい社会に
日本で共働き世帯が増えているのに、旧態依然とした残業文化が残っていては、子育てもままならない。そもそも、プライベートを充実させる余裕がなければ、出会いは生まれず、恋愛も結婚もできない。まるで、就職氷河期世代の非婚化、晩婚化の呪いがまだ続いているかのようだ。
アメリカではどうか? 少なくともアメリカには、日本と違って「残業する/しない」の選択肢がある。
ハイキャリアを目指す場合は裁量となるので別だが、アメリカでは基本的に時給制。アメリカ人にしてみたら、お金ももらえないのに上司や同僚につき合い、サービス残業をする意味がわからない。個々の業務が明確に決まっているため、残業しないと終わらないというのは「仕事が遅いのでは?」「時間管理能力がない?」と、日本とは逆にマイナス評価につながる。みんな定時でさっさと帰り、不要な飲み会などのつき合いもなし。急ぎの仕事があったとしても、オフィスに残るより、家に持ち帰ることが好まれるようだ。
職種にもよるが、勤務時間もフレキシブル。週40時間働く場合、1日10時間働いて週4日勤務、週休3日にしたり、夜明け前から働いて昼終わりに調整できたりする。パンデミック以降、リモート勤務を継続させる企業も増えており、時間のみならず、場所にもとらわれない働き方が可能になっている。年間の決まった祝日こそ少ないが、有給休暇は比較的取りやすく、出産・育児や子どもの学校の休暇に合わせて取得する人もいる。
残業がなく、いつでも気軽に会社を休めると、生活がどう変化するか想像してみて欲しい。家族みんなで食事をして、独身者は恋人とデートを楽しむこともできる。子どものお迎えや習い事にも間に合うし、夫婦ともに育児参加が可能。片方にだけ負担がかかることがなくなると、気持ちに余裕が出て、夫婦仲も良くなりそうだ。
何より、日本で女性が産後もキャリアを犠牲にしない働き方を実現できれば、結婚や出産へのネガティブなイメージが薄らぎ、産む意欲が湧くかもしれない。ダブルインカムにより経済面も潤う。企業は雇用損失を防ぐことができ、政府にとっても税収アップにつながるだろう。
ちなみに、妊娠・出産・育休などを理由とする、労働者にとって意に沿わない差別的な解雇・雇い止め・降格・減給・配置転換は、日本でもアメリカでも「違法」である。
◆日本は子連れに対して厳しすぎる
近年、子連れに対しての風当たりの強さが目立つ日本。少子化の今、子育て世帯は少数派であり、独身者や高齢者が多数派となっていることも理由のひとつかもしれない。つまり、日本お得意の同調圧力により、利害の一致する独身者や高齢者の暮らしやすい環境が優先され、それを乱す子連れは「けしからん」と批判の対象になっていくのだ。
保育所の待機児童問題にしても、平日昼間の学校行事やPTA活動にしても、そのつらさや負担感は経験してみないとわかりづらい。独身者はもちろん、専業主婦、多世帯での同居が当たり前だった高度経済成長時代を過ごした高齢者にとっても想像しにくいのだろう。だからと言って、政府までが一緒に思考停止して良いわけでもないはずだ。
日本では公共交通機関の乗車時におけるベビーカー使用に苦情があると知り、ひどくガッカリした。アメリカと違い、子連れでのカフェ利用にも気兼ねする不寛容な世の中で、若者は家庭を持って子育てをしたいと思えるだろうか。一体、親はどこで息抜きをすれば良いのか。一方、働いていなくても、リフレッシュ目的でベビーシッターや一時保育を利用できるよう支援する地方自治体が日本全国に増えているのはうれしいニュースだ。
◆子育てしたくなる環境作りも大切
アメリカではシッターの利用はかなり一般的である。日本と違い、ちょっとの間でも小さな子どもを置いて外出すると、虐待疑いで警察に通報されてしまうという事情もあるが、夫婦の時間を大切にする文化の影響が大きい。週末の夜などは各子ども向け施設で「パーレントナイトアウト」と呼ばれる、親が息抜きするための一時預かりイベントが実施されているほど。筆者の住むシアトル地域は全米でも人件費が高いため、シッター代は1時間約20ドル(2,600円)かかり、日本の相場と比べても決して安いとは言えないが、合理的なアメリカ人は「時間を買う」ことをいとわない。また、学校の行事は夕方か週末に行われるため、親は仕事を休まずに参加でき、PTA活動も個々の負担がないよう配慮されている印象だ。
少子化の減速により、将来の納税者が増えるわけだから、独身者にとっても高齢者にとってもメリットは大きいはず。アメリカやヨーロッパと異なり、移民による人口増が望めない日本で、若者が子どもを持つことを応援するどころか、逆に排除しているように見える日本の後ろ向きの風潮がとても気になる。もちろん、子を持つも持たないも自由だが、せめて子を持ちたいと思う人が気持ち良く子育てできるような環境を整えることが、いちばんの少子化対策になるのではないだろうか。
<文・写真/ハントシンガー典子>
【ハントシンガー典子】
アメリカ・シアトル在住。エディター歴20年以上。現地の日系タウン誌編集長職に10年以上。日米のメディアでライフスタイル、トレンド、アート、グルメ、カルチャー、旅、観光、歴史、バイリンガル育児、インタビュー、コミック/イラストエッセイなど、多数の記事を執筆・寄稿する傍ら、米企業ウェブサイトを中心に翻訳・コピーライティング業にも従事。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員
20年前に日本を離れてアメリカで暮らし子育てをする筆者が注目するのは、その3つ目に当たる「働き方改革」だ。
◆金銭的負担の伴うアメリカの子育て
共働きが当たり前のアメリカだが、じつは日本のように充実した公的産休・育休制度は存在せず、4人に1人の母親が産後2週間で職場復帰しているというデータもある。しかも、年間保育料は全米平均で1万4000ドルと言われ、日本円にすると約190万円の出費となる。
それを考えると、国や自治体からの支援が手厚く、公費負担により長期の産休・育休が用意され、保育料が激安となる日本のなんと恵まれていることか。今回の「異次元の少子化対策」による1つ目「児童手当など経済的支援の強化」、2つ目「学童保育や病児保育、産後ケアなどの支援拡充」では、さらなる金銭面でのサポートが見込まれている。
でははたして、日本人は“育児にお金がかかるから”という理由で結婚や出産を躊躇しているのだろうか?
2人目、3人目の出産なら、たしかにそういうことも大きいかもしれない。ただ、アメリカ人は日本のような公費負担によるサポートがほとんど期待できなくても、産む人は産んでいる。働く女性の目線で思うのは、「異次元の少子化対策」の成功は、その3つ目「働き方改革の推進」次第なのでは、ということだ。
◆20年経っても変わっていない? 日本の残業文化
日本にも子どもがたくさんいた時代はあった。高度経済成長を支えた団塊世代と、その子どもに当たる団塊ジュニア世代が生まれた頃だ。それぞれ第一次ベビーブーム、第二次ベビーブームと呼ばれた。しかし、バブルが崩壊し、団塊ジュニア世代は就職氷河期の影響をもろに受けてしまった。
正社員採用が狭き門となった結果、多くが非正規労働を余儀なくされ、人員削減により仕事量は増えても、バブル期までのような昇給も福利厚生も期待できない負のスパイラルに突入。都心で働く結婚適齢期の男女が、平日は終電まで残業を強いられ、週末は疲れ切って目が覚めると、もう日が傾いている。そんな生活を送っていては、結婚や出産を考えられるはずもない。当然、第三次ベビーブームは起きなかった。現在の少子化は、当時の失策が尾を引いているのであろう。
現地ライターとして、これまでアメリカの子育て事情についての記事を日本語メディアに寄稿してきた。日本で働き方改革が叫ばれて久しいが、記事の反響を見る限り、20年経っても日本人の意識があまり変わっていないようで驚く。そして、日米の働き方の違いを痛感するのだ。
日本には、社員そろっての残業や夜遅くまでの「飲みニケーション」を美徳とする文化が根強く残っている。高度成長期にはなくてはならないものだったのかもしれないが、時代は変わった。
コロナ禍の真っ只中では「飲み会禁止令」が出される企業も少なくなかったが、今ではすっかり元通りになりつつある。
これがなくならない限り、出生率低下もワンオペ育児も解消には至らないのではないか。
◆夫婦で育児参加できる働きやすい社会に
日本で共働き世帯が増えているのに、旧態依然とした残業文化が残っていては、子育てもままならない。そもそも、プライベートを充実させる余裕がなければ、出会いは生まれず、恋愛も結婚もできない。まるで、就職氷河期世代の非婚化、晩婚化の呪いがまだ続いているかのようだ。
アメリカではどうか? 少なくともアメリカには、日本と違って「残業する/しない」の選択肢がある。
ハイキャリアを目指す場合は裁量となるので別だが、アメリカでは基本的に時給制。アメリカ人にしてみたら、お金ももらえないのに上司や同僚につき合い、サービス残業をする意味がわからない。個々の業務が明確に決まっているため、残業しないと終わらないというのは「仕事が遅いのでは?」「時間管理能力がない?」と、日本とは逆にマイナス評価につながる。みんな定時でさっさと帰り、不要な飲み会などのつき合いもなし。急ぎの仕事があったとしても、オフィスに残るより、家に持ち帰ることが好まれるようだ。
職種にもよるが、勤務時間もフレキシブル。週40時間働く場合、1日10時間働いて週4日勤務、週休3日にしたり、夜明け前から働いて昼終わりに調整できたりする。パンデミック以降、リモート勤務を継続させる企業も増えており、時間のみならず、場所にもとらわれない働き方が可能になっている。年間の決まった祝日こそ少ないが、有給休暇は比較的取りやすく、出産・育児や子どもの学校の休暇に合わせて取得する人もいる。
残業がなく、いつでも気軽に会社を休めると、生活がどう変化するか想像してみて欲しい。家族みんなで食事をして、独身者は恋人とデートを楽しむこともできる。子どものお迎えや習い事にも間に合うし、夫婦ともに育児参加が可能。片方にだけ負担がかかることがなくなると、気持ちに余裕が出て、夫婦仲も良くなりそうだ。
何より、日本で女性が産後もキャリアを犠牲にしない働き方を実現できれば、結婚や出産へのネガティブなイメージが薄らぎ、産む意欲が湧くかもしれない。ダブルインカムにより経済面も潤う。企業は雇用損失を防ぐことができ、政府にとっても税収アップにつながるだろう。
ちなみに、妊娠・出産・育休などを理由とする、労働者にとって意に沿わない差別的な解雇・雇い止め・降格・減給・配置転換は、日本でもアメリカでも「違法」である。
◆日本は子連れに対して厳しすぎる
近年、子連れに対しての風当たりの強さが目立つ日本。少子化の今、子育て世帯は少数派であり、独身者や高齢者が多数派となっていることも理由のひとつかもしれない。つまり、日本お得意の同調圧力により、利害の一致する独身者や高齢者の暮らしやすい環境が優先され、それを乱す子連れは「けしからん」と批判の対象になっていくのだ。
保育所の待機児童問題にしても、平日昼間の学校行事やPTA活動にしても、そのつらさや負担感は経験してみないとわかりづらい。独身者はもちろん、専業主婦、多世帯での同居が当たり前だった高度経済成長時代を過ごした高齢者にとっても想像しにくいのだろう。だからと言って、政府までが一緒に思考停止して良いわけでもないはずだ。
日本では公共交通機関の乗車時におけるベビーカー使用に苦情があると知り、ひどくガッカリした。アメリカと違い、子連れでのカフェ利用にも気兼ねする不寛容な世の中で、若者は家庭を持って子育てをしたいと思えるだろうか。一体、親はどこで息抜きをすれば良いのか。一方、働いていなくても、リフレッシュ目的でベビーシッターや一時保育を利用できるよう支援する地方自治体が日本全国に増えているのはうれしいニュースだ。
◆子育てしたくなる環境作りも大切
アメリカではシッターの利用はかなり一般的である。日本と違い、ちょっとの間でも小さな子どもを置いて外出すると、虐待疑いで警察に通報されてしまうという事情もあるが、夫婦の時間を大切にする文化の影響が大きい。週末の夜などは各子ども向け施設で「パーレントナイトアウト」と呼ばれる、親が息抜きするための一時預かりイベントが実施されているほど。筆者の住むシアトル地域は全米でも人件費が高いため、シッター代は1時間約20ドル(2,600円)かかり、日本の相場と比べても決して安いとは言えないが、合理的なアメリカ人は「時間を買う」ことをいとわない。また、学校の行事は夕方か週末に行われるため、親は仕事を休まずに参加でき、PTA活動も個々の負担がないよう配慮されている印象だ。
少子化の減速により、将来の納税者が増えるわけだから、独身者にとっても高齢者にとってもメリットは大きいはず。アメリカやヨーロッパと異なり、移民による人口増が望めない日本で、若者が子どもを持つことを応援するどころか、逆に排除しているように見える日本の後ろ向きの風潮がとても気になる。もちろん、子を持つも持たないも自由だが、せめて子を持ちたいと思う人が気持ち良く子育てできるような環境を整えることが、いちばんの少子化対策になるのではないだろうか。
<文・写真/ハントシンガー典子>
【ハントシンガー典子】
アメリカ・シアトル在住。エディター歴20年以上。現地の日系タウン誌編集長職に10年以上。日米のメディアでライフスタイル、トレンド、アート、グルメ、カルチャー、旅、観光、歴史、バイリンガル育児、インタビュー、コミック/イラストエッセイなど、多数の記事を執筆・寄稿する傍ら、米企業ウェブサイトを中心に翻訳・コピーライティング業にも従事。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員
記事にコメントを書いてみませんか?