“走る哲学者”為末大が感じる、現代社会における『ことば』の大切さ「ことばを1%変えれば人生が変わる」

“走る哲学者”為末大が感じる、現代社会における『ことば』の大切さ「ことばを1%変えれば人生が変わる」

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オリンピック3大会連続出場に、今も破られぬ男子400mハードルの日本記録。そして世界選手権のスプリント種目で日本人初のメダル獲得など。為末大はコーチをつけずに一人であまたの偉業を成し遂げた理由を「ことばを大切にしていたから」と話す。引退後は文筆家、指導者などさまざまな分野で活躍。“走る哲学者”の異名を持つ男に、ことばが武器にも癒やしにもなる現代社会における「ことばの大切さ」について聞いた。
◆“走る哲学者”「ことば」の重要性を語る

――新著『ことば、身体、学び「できるようになる」とはどういうことか』では言語・発達心理学者の今井むつみさんとの対談で、ことばが学びに深く関わることをわかりやすく話されていますね。

為末:僕の人生は陸上競技が25年、引退してから10年ちょっとで、走っていたか、喋っているかのどちらかです。走っていたときも、ことばが選手の学びにとても関係することを経験し、ことばについて考えることが多かった。その後は書く仕事と話す仕事をいただくことが増え、会社の経営などもしようとも思ったのですが、結局ことばの世界に来てしまったという感じがあります。特に講演では、ことばと学びについてお話しすることが多いですね。

――学びに興味がないような人に話すことも?

為末:あります(笑)。企業研修に連れてこられた系の方々とか。

――そういうときはどんな話をするのですか?

為末:「向上心や学びが面白いんですよ」という感じのことも少しは話すのですが、それより「今、皆さん、ご自身が学んでいることに気づいていますか?」という話をします。僕らは「学び」というと、将来、役に立つことに対してトレーニングをしたり、知識を身につけたりすることだと考える傾向にあります。だから面倒くさい、興味がないということになるのだと思います。でも実は、役に立つこととは関係なく、人は必ず日々知識を得て、何かに慣れていくわけです。その慣れていく行為が、実は学びというものに近いのではないかと思っています。そこには、ことばを使うことも含まれます。

――もう少し説明を。

為末:ことばを使わない仕事というのは、極めて少なくて、自分のことばが少しでもブラッシュアップされると、そのインパクトは大きいです。例えば人は毎日、歩きますよね。ですから、歩行が日々1%でも改善されると、それは非常に大きな改善に繋がります。ことばも同じで、1%でもことばが変わると、営業や会議のときの会話でも、あるいは日常的な誰かとの会話でも、すべてが改善されるのです。ですから、学びについて話をするときは、ことばの話もするようにしています。

◆ことばを変えると学びが変わる

――具体的にはどんなふうにことばを変えるのでしょう?

為末:すごくシンプルなところでは、「え~、あ~」を一回、やめてみる。あとは主語を意識して話してみるとか、「たくさん」「ちょっと」のような曖昧なことばをやめてみると、それだけで急に具体性が出るということもあります。

――ご自身はそうしたことをどう学んできたのでしょう?

為末:僕はコミュニケーションに興味があって、人と話をした後で、会話がうまくいったか、いかなかったか、それはどうしてだろうなどといろいろ考えていく癖があります。

――『ことば、身体、学び』でも、「失敗した時にどうして失敗したか分かっている人は成長できる」 ということを話していました。普段から振り返りをしているのでしょうか?

為末:そんな感じだと思います。どういうふうにやるとうまくいくか考えるのが面白いと言いますか……。話し方をゆっくりモード、ハキハキモードなどに変えてみたり、声のトーンを変えたりして相手の反応を見ます。ことばや、話し方だけでなく、人と話すときの角度を工夫してみたり。向かい合って座って話すより、横に並んで話したほうが、「あなたの話」ではなく「この問題の話」と言いやすくなると思います。

――会社員だと、振り返るときは、失敗した原因がどこにあったか、再度同じ失敗をしないための対策として、反省文を書かされたりします。

為末:それは、それなりに大きな失敗のときではないでしょうか。僕の振り返りというのは、もっと小さなところで、ミーティングが終わった後に、5秒でも10秒でも、まずそのミーティングがうまくいったのかを評価してみるようなことです。

――そもそも普段の生活で、自分が使うことばを意識するということが少ない気がします。

為末:そうですよね。僕はよくスタートアップの若者たちと話をするのですが、そこで陥りがちなのは、会話のなかに英語が妙に多くなることです。KPIとか。そういうときは必ず一回、全部日本語に直すということをしています。すると面白いことに、例えば「イノベーション」を「技術革新」と言う人もいれば、「既存の概念の破壊」のように破壊系が強い人もいたり、ちょっとした改善程度の感覚で言っている人もいます。つまりそれぞれが、全然違う意味で、漠然と「イノベーション」と言っているわけです。だからやはり、日本人同士で話をするときは、会話に出てくる概念を一通り日本語に置き換えてみるというのは、すごく重要だと思います。

――年を取って自分の型みたいなものが決まってくると、これまで使っていたことばを含め、変えていくことは難しそうです。

為末:僕が定義する「型」というのは、基本的にきちんと使い回しが利くような基本中の基本というふうに考えています。それ以上のものは、企業文化や風習などに近くて、それはおそらく時代とともに切り替えていく必要があるのではないでしょうか。ただいずれにしても、基本的には変え続けることに慣れておいたほうがよいです。

――それも難しそうですが……。

◆「若い女性と友達でいられるか」は大きい

為末:僕らのようなおじさんたちにとって、エロい意味でなく、若い女性と友達でいられるかは大きいと思いますよ。僕自身、若い女性に限らず、自分とは違う文化圏の人と友達でいて、その人たちに合わせて会話をすること自体が、相当学習になっている感じがします。

――女のコのいる店で、お金を払って話をするのは……?

為末:ダメ(笑)。向こうは仕事ですから、「俺、会話うまいな」とか「友達になれた」などと思わされてしまいます。実際は、友達じゃないですから! そうではなく、なるべく若い人たちと、友達的な立場で会話ができるような機会をつくっていくことは重要ではないかと思うのです。

――ただ、最近はセクハラ問題が厳しくて、気軽に話しかけづらいということもあります。

為末:確かに。この間、「これ、いいな」と思う風景を見たんです。おじさんと若い女性の会話で、おじさんが「女性ならでは~」と言っていると、女性が「そのことばは引っかかる可能性がありますよ」と突っ込んでいました。そういうふうに女性の視点で、突っ込んでもらえるのはいいなと感じました。最近は、公の場で話をするとき「どこまでがOKか」ということばの線引きを考えざるを得ないところがあると思います。普段から、若い女性を含めいろいろな文化圏の人と話をしておくと、そうした情報をアップデートするときの「フック」になると思います。

――「フック」ですか?

為末:例えば、「お前早く結婚しないのか」と言ったときに、「それ、今の時代に言ったらダメですよ」と、言ってもらえる関係があればアップデートするきっかけになります。今はそのようにして「この線は守っておいたほうがいい」と、ことばの許容範囲を学んでいく時代なのだと思います。自分の価値観をアップデートすれば一線を越えることはないと言う人もいますが、そんなわけはありません。価値観はもちろんアップデートしたらいいと思いますが、社会の変化が速すぎて、私たちの価値観のアップデートは全然、間に合わないはずです。みんなが同じ価値観に染まり切っても、それはそれで多様性がありません。それより技術的に、ことばの置き換えをしっかりやることのほうが重要です。このようなことは、以前はメディアに出る人だけがやっていたと思うのですが、今はほぼ世の中全部の人に必要な技術になってきていると思います。

◆苦手な外国語を学ぶより‟日本語を磨いたほうが効果が高い”

――今から苦手な英語を勉強するより、そちらのほうが大事かもしれませんね。

為末:そうだと思いますよ。普段使わないことばを頑張って少し話せるようになるより、日本語を磨いたほうが、効果が高いと思います。やはり日本で仕事する以上、ほとんどの会話が日本語だと思うので、その部分が少しでも良くなるというのは大きいです。

――それが最初にお話しいただいた、歩行をちょっと良くするとすごくパフォーマンスが上がるのと同じという……、あ、カタカナを使ってしまった (笑)。

為末:パフォーマンスは「能力発揮」とかですかね(笑) 。

――カタカナNGで会話するとすごく難しいです。

為末:一回、やってみるといいですよ。「日本語ではこう言う」ということばを決めて、それに置き換えてみる。

――まず飲み会でやってみます。

為末:いいですね。「麦酒ください」みたいな? ぜひいろいろ試してみてください。

Dai Tamesue
1978年、広島県生まれ。世界大会のスプリント種目で日本人として初のメダルを獲得。五輪に3大会連続出場。男子400mハードルの日本記録保持者(’23年9月現在)。現在は執筆活動、体に関わるプロジェクトを行う。新著に『ことば、身体、学び─「できるようになる」とはどういうことか』(扶桑社)

取材・文/田中奈美 撮影/尾木 司 撮影協力/Brillia Running Stadium

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