『アメリ』を「間違えて」買い付けた56歳の映画プロデューサーが“余命半年”のいま語る、映画業界に残した功績

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AIざっくり要約

  • 叶井俊太郎映画プロデューサー末期がん療養しながら15人の文化人と対談本を出版し映画業界での活躍を振り返る。
  • 若手時代名刺1000枚集めPR力あるも不運な作品が続き会社の自身の破産となる。未払いの返済持続する日々を送る。
  • 入院中の激痛自殺願望ある時期もあったが「送り出し側もエンターテイナーである」考え方が功績であったと振り返る。

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『アメリ』を「間違えて」買い付けた56歳の映画プロデューサーが“余命半年”のいま語る、映画業界に残した功績

伝説の映画プロデューサー叶井俊太郎さん

2003年、社会現象となったフランス映画『アメリ』を「間違えて」買い付けた映画プロデューサーの叶井俊太郎(56歳)は、現在末期がんに侵されている。今年10月11日、彼は自身のX(旧:Twitter)で、昨年6月に膵臓がんのステージ3で「余命半年」と宣告され、現在はステージ4に進行していることを打ち明けた。
『アメリ』は大ヒットしたものの、その後、設立した会社は3億円の負債を抱えて自己破産……。さらに、プライベートでは”600人切り”を公言し、離婚歴は3回。父親の愛人とも関係を持った(!?)常識ハズレの男は、11月10日に15人の親交が深かった著名人と対談を行った書籍『エンドロール! 末期がんになった叶井俊太郎と、文化人15人の“余命半年”論』(サイゾー)を発表。

 まるで、悪ふざけのような作品を世に多数送り出してきた同氏だが、本を通して見えてくるのは彼の異常なまでの「映画愛」だった……?

◆若手時代は仕事ができた真面目な映画マン?

――週刊SPA!は奥様の倉田真由美(くらたま)氏の『だめんず・うぉ~か~』を連載していた媒体なので、旦那の「叶井俊太郎」といえば「だめんず」のイメージがありました。ただ、『エンドロール!』での作家・樋口毅宏氏や、映画評論家・江戸木純氏との対談を読んでから、叶井さんの印象が「若手のときから仕事ができた真面目な映画マン」に変わりました。

叶井俊太郎(以下、叶井):そりゃ、そうだよ。昔からずっとサラリーマンだったからさ。

――今回、出版された『エンドロール!』は対談集とも評伝集ともいえるような本になりましたが、他人が語る自身の評価を読み返してみて、どう思いましたか?

叶井:俺が末期がんだからって、みんな持ち上げ過ぎだよね。気を遣われてしまって、逆に気持ち悪いなと思ってしまったから、むしろけなしてほしかったな。

◆「イカが戦う映画」に3000万円集める

――映画監督・河崎実氏との対談で衝撃を受けたのは、「『えびボクサー』(2003年)の日本版『いかレスラー』(2004年)を作りたい」と言ってきた初対面の河崎氏に対して叶井さんが「やりましょう」と承諾して、その後、博報堂、IMAGICA、テレビ大阪、ローソンなどに足を運び、3000万円近くの出資金を集めたというエピソードです。

叶井:これまであまり言ってこなかったからね。

――このときは相当プレゼンの準備をして臨んだのでしょうか?

叶井:何もやってない。というか、『いかレスラー』に一体何の準備をするというんだよ(笑)。でも、ローソンの場合は知り合いがいたから、その人を経由して「出資してほしい」と頼んだんだ。それで、部長クラスのお偉方を呼んでもらって、企画の説明をひとりでしに行ったわけだ。

――おぉ……。マンガみたいですね。

叶井:会議室でホワイトボードにデカデカと『いかレスラー』と書いて、「イカとタコが出てくる『きぐるみアクション』です」と説明したら、「今までない観たことない!」と食い付いてくれたんだ。

◆1000万円出資させたスマートなやり方

――この世界ではいろんな会議が行われているんですね。

叶井:それで「いくら出せばいいですか?」と聞かれたから「1000万くらい出してくれると、ありがたいです」と言ったんだ。そしたら「検討します」と言われたから、すかさず「検討している間に、他社に取られてしまう可能性もありますけど、大丈夫ですか?」と踏み込んだわけだ。そしたら「やります」と出資してくれたね。

――営業としては一見強引に思えますが、一方でスマートなやり方でもありますね。

叶井:そもそも『いかレスラー』に「検討する余地」なんてないからね。その場で「イカとタコは無理です」と言ってもらわないと、本当に検討するための会議が社内で行われてしまったら、もう出資してもらえないよ(笑)。

◆大企業に忍びこんで1000人の名刺を収集

――叶井さんといえば、『アメリ』(2003年)の大ヒットで名前が知れ渡りましたが、映画業界に入った当初はどんな若者だったんですか?

叶井:24歳のときにアルバトロス・フィルムという映画配給会社に入って、そこの宣伝部に配属されたんだ。映画のメディア戦略は外注すると、当然お金がかかるんだけど、当時はテレビ、新聞、出版などマスコミの名簿は外部の宣伝会社しか持っていなくて、うちの宣伝部にはその名簿がなかった。だから、外部の宣伝会社にそれを「見せてよ」と言っても、相手はそれが商売道具なんだから見せてくれるわけがない。

――今でこそ、インターネットが普及して各社の問い合わせ先や担当者に、すぐアクセスできるようになりましたが、1990〜2000年代は電話が主流ですからね。

叶井:だから、「しょうがないな」と思って、自分で集めることにしたんだ。例えば「新しく入社しました叶井と言います。マスコミの名簿を作りたいので、御社のエンタメや映画担当の方を紹介してください」と言って、集英社や講談社など大手企業のどこかしらの編集部にアポイントメントを取るんだ。そして、当日その編集部に挨拶ついでに、当時は会社内に入ってしまえば、どのフロアにも行けたから、そのままほかの編集部にも入り込んだんだ。それで、半年で1000枚近くの名刺は集まったな。

――半年で1000枚!

叶井:中には「名刺と資料だけ置いて帰ってくれ」という編集部もあったけど、俺も「名刺もらえないと帰れないんです!」と食い下がった。

◆大反響があっても自らの成果は語らない

――本当に愚直で真面目な若者だったんですね……。

叶井:でも、そうやって名刺を交換しても、結局映倫に上映を拒否されて、ビデオスルーにしかならなかった『八仙飯店之人肉饅頭』(1993年公開)とか、変な作品しか紹介しないから、みんな「名刺渡して失敗したな……」と思っただろうね(笑)。

――殺人犯が死体を肉まんに詰めていたという、実際の事件を元にした猟奇的な香港映画ですよね……。

叶井:それでも、中には「宝島」(宝島社)、「週刊プレイボーイ」(集英社)、「週刊朝日」(朝日新聞出版)など、『八仙飯店之人肉饅頭』について何ページも割いて取り上げてくれる媒体もあった。

――おぉ! それだけの成果を上げていれば、会社に意気揚々と報告できたでしょうね。

叶井:いや、会社には報告してない。

――えっ?

叶井:そもそも名簿作りは俺の「自己満足」だったからね。だから、「週刊プレイボーイ」は実際に作品のモチーフとなった現場に行くという特集を組んでくれたけど、アルバトロス・フィルム内では同作の記事が雑誌載っているということは、誰も知らなかったんだ。

◆「情が湧いたら嫌だから」担当作品を見ない

――それは叶井さんなりの作品への「愛」だったんですか?

叶井:いや、純粋に自分の取り扱っている作品が、社会現象として盛り上がるのがうれしかったんだ。愛はないね。だって、観てないんだから。

――『アメリ』は脚本だけ読んで「女ストーカーの映画だ」と思って買い付けたという逸話があります。どうして自分の売り出す映画は観ないんですか?

叶井:だって、作品が面白くて「情」が湧いたら嫌じゃん。面白いと困るんだ。むしろ、「これから映画を観る人」のためには、「作品を観ていない」ことのほうが宣伝としては大事なんだよ。だから、俺はポスターと予告編さえよければ上出来だと思っている。

――今の映画の宣伝マンたちにも伝えたいことですね。

叶井:いや、観ないとダメです。ちゃんと観て売りを考えてください。

◆「1億円の生命保険」に加入させられかけた!?

――そんな絵に描いたような「ギョーカイ人」だった叶井さんですが、2010年には自身で設立したトルネード・フィルムを破産させてしまいます。ちょうど、その前後で倉田氏と結婚していると思うのですが、会社が破産、さらに自己破産すると、どうなるんですか?

叶井:やっぱり、何人かには距離を置かれたよ。3億円を踏み倒したわけだからね……。それは怒るでしょう。しかも、借金を踏み倒しながら、映画業界にいるわけだから「ありえない!」と思っている人はいまだに多いだろうね。

とある制作会社には800万〜1000万円の未払い金があったから、「1億円の生命保険入ってくれ」と言われたこともあった。1億だから月に30万〜40万円の掛け金がかかるのに、それを向こうが払うというんだよ。

――なんでそんなことするんですか?

叶井:「お前が死んだら、1億円そのまま受け取る」と言われたね。「いや、御社への未払いは1000万円くらいじゃないですか!」と言ったら「長年の利子です」と返されてしまった。ヤバくない?(笑)

◆「1万円でチャラにするか、自己破産を選んでくれ」

――そうやって、叶井さんの元を去る人がいる一方で、例えば200万〜300万円近くの未払いがあった江戸木氏には「後でもっと払いますから」と言ったことで、その後も仲良くしてもらえたんですよね。

叶井:人によって未払いの金額が違うから、一人ひとりに挨拶に行って「1万円でチャラにするか、俺が自己破産するから、それで溜飲を下げるか選んでくれ」と言ったんだ。

――叶井さんが自己破産したところで、相手にメリットはあるんですか?

叶井:いや、「自己破産を反省と捉えてほしい」ということだね。

――どちらを選んでも未払いは解決しないじゃないですか……。

叶井:まぁ、実際そうとしか言えなかったからさ。

◆未払い先200社に借金を返済する日々

――叶井さんが踏み倒したせいで未払いになった人たちに対して、国は国選弁護士などを準備して支援をしてくれたんですか?

叶井:例えば俺の会社に資産が500万円あったとしたら、未払いにしてしまった100〜200社近くの会社に、未払いが多かった順に分配率を弁護士が計算して、それを配分して返していくんだ。

――でも、そのときは赤字だったんですよね? 資金は残っていたんですか?

叶井:多少あったんじゃない? 数十万円ぐらい。当時は未払い1000万円の会社に対して「支払い計画書」を提出して、毎月1000円ずつ返していたんだ。

――1000円……?

叶井:だから、返済が遅れて「1000円が振り込まれていません!」という電話がかかったこともあったよ。それで2000円振り込んだら「多めに振り込んでいただいて、ありがとうございます!」と喜ばれたね。

◆入院時はツラくて病室で首を吊りかけた

――「婦人公論.jp」の倉田氏のインタビューでは、今年に入ってから「胆管炎の可能性がある」ということで、胆汁を外に出す手術を受けたそうですが、あまりの辛さに何度も自殺をされかけたそうですが、それは本当なんですか?

叶井:本当です。お腹に管を通して、その管から胆汁を出す手術を受けたんだ。だけど、管の位置がズレてはいけないから、24時間ずっと同じ姿勢で座る必要があって、横になれなかったんだ。

――その間、ずっと痛みが走っているということですか?

叶井:そう。24時間も激痛が続くと、やっぱりメンタルがおかしくなっちゃって、「この激痛から逃れるには死しかないな」と思ってしまったんだ。何度も病室で首吊りの練習をしていたんだけど、すぐに看護師5〜6人がかりで止められてさ。挙句の果てには監視カメラを入れられちゃったよ。

◆もう2度と入院はしたくない

――そんな大事になっていたんですね……。

叶井:夜中にこっそりと屋上に行って飛び降りようとしたけど、それもバレて止められたことが10回くらいはあったな。もう、痛くて「逃げたい」という感情しかなかった。だから、医者も2〜3日の間に急いで治療をしてくれたよね。痛み止めを飲んでも効かなかったから、すぐに緊急手術をやってもらって、お腹の管を外に出さず、中に入れたことで痛みは治まったんだ。自分がそれぐらいの行動を起こさないと、医者もすぐには動いてくれなかっただろうね。

――早く治療してほしくてわざとやったわけではなくて、精神的に本当に耐えられなかったということですよね?

叶井:そうだね。「やめろー! 死なせてくれ!」と騒いでしまうぐらいだった。

――本を読む限り、叶井さんはすでに「死」を受け入れている印象だったので、辛い時期があったのは少し意外でした。

叶井:もう、入院は二度としたくないね。あんな痛い思いをするんだったら、「そのまま死なしてくれ」という気分になるぐらいだよ。死よりも入院に対する恐怖はあるかもしれないね。本当に痛いことだけは嫌なんだ。

◆ポスターと予告編でダマせ!裏方もエンターテイナーであれ

――まさに「波乱万丈」の人生だったわけですが、これまでを振り返って、叶井さんが日本の映画業界に残した功績は何だと思いますか?

叶井:功績か……。やっぱり、裏方だけどエンターテイナーであったことかな。映画は観てないけど「人が賑やかになるのは面白い」とか、つまらない映画でも「予告編がめっちゃ面白くできた!」「ポスターは最高だ!」「このコピーは素晴らしい」と、作品にまつわる断片的な箇所であっても、自分が面白いと思うことができれば、そこを切り取ってメディアや映画館に「この作品はヤバいです!」と売り込むことができたんだ。制作者だけではなく、送り出す側もエンターテイナーじゃないといけないんだよ。

――「送り出す側もエンターテイナーであれ」というのは、とても重要な考え方ですよね。

叶井:「主演は誰々で……」とか「アカデミー賞を受賞して……」とか、そんな話はどうでもいい。むしろ、「これはとんでもないバカ映画ですよ!」と、自分の言葉で相手に直に伝えられる能力が、俺にはあったんじゃないかな。

――それをできたのは後にも先にも叶井さんしかいないのでは?

叶井:そうかもしれないね。でも、この国では邦画と洋画を合わせると、年間1300本もの映画が公開されているんだ。そんな数の映画をすべて観られる人なんているわけがないじゃん。だから、心がけているつもりはなかったけど「どれだけみんなの記憶に残る予告編やポスターを作ることができるのか?」ということは常に意識してきたね。

<取材・文/千駄木雄大>

【叶井俊太郎】
1967年生まれ。メジャー配給会社、インディーズ配給会社も買い付けをためらうグロホラーをメインに日本に持ち込む。最近は日本映画界が絶対にやらない血みどろスプラッター映画もプロデュースする。バツ3。4回目の妻は漫画家の倉田真由美。代表作:『真・事故物件/本当に怖い住民たち』『八仙飯店之人肉饅頭』『人肉村』『ムカデ人間』シリーズなど



【千駄木雄大】

編集者/ライター。1993年、福岡県生まれ。出版社に勤務する傍ら、「ARBAN」や「ギター・マガジン」(リットーミュージック)などで執筆活動中。著書に『奨学金、借りたら人生こうなった』(扶桑社新書)がある

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