佐々涼子は人々と痛みを分かち合いながら、その意思や叫びや願いを伝え続ける作家だ/『夜明けを待つ』書評

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AIざっくり要約

  • 佐々涼子が自らの仕事を果たすためには相手の立場に立って判断せず、誰かを軽視しない姿勢を持つことが大切だ。
  • 彼女の著書は世界各地を回り多くの人々と出会い、彼らの生きる実態を切実に伝える。
  • 読者はさまざまな人生が交錯するなか、人々の想いが届くのを彼女は待ち続ける姿勢から深い共感を感じる。

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佐々涼子は人々と痛みを分かち合いながら、その意思や叫びや願いを伝え続ける作家だ/『夜明けを待つ』書評

佐々涼子・著『夜明けを待つ』(集英社インターナショナル)

世の中には読んだほうがいい本がたくさんある。もちろん読まなくていい本だってたくさんある。でもその数の多さに選びきれず、もしくは目に留めず、心の糧を取りこぼしてしまうのはあまりにもったいない。そこで当欄では、書店で働く現場の人々が今おすすめの新刊を毎週紹介する。本を読まなくても死にはしない。でも本を読んで生きるのは悪くない。日刊SPA!で書店員による書評コーナーがスタート。ここが人と本との出会いの場になりますように。
 毎日、世界で起こっているさまざまな出来事が、マスコミやSNSを通じてダイレクトに自分たちヘ届いてくる。たくさんのニュースが流れてくるが、うきうきする楽しいものだけ触れていたい、と思っていてもそうはいかない。現実では心が苦しくなったり、思わず目を覆いたくなったりするようなニュースのほうが多いだろう。しかし、みんなでもっと考えて良い方向ヘ向かわなくてはいけないのに、数多くの辛い出来事が日常に埋もれ忘れ去られてしまう。  

 一方で、意欲ある作家たちが文章や映像でそのような問題を深く掘り下げ、我々に関心や気づきを日々与えてくれている。たくさんの作家のなかでも、例えば佐々涼子は、ノンフィクションライターとして幅広く活動する一人に挙げられるだろう。書籍で言えば、国際霊柩送還士をテーマに描き、今年映像化もされた『エンジェルフライト』、東日本大震災時の製紙会社の奮闘を描く『紙つなげ!』、2020年本屋大賞ノンフィクション本大賞を受賞した『エンド・オブ・ライフ』、海外からの移民者の実情を記した『ボーダー』などを刊行し注目を集め続けている。今回紹介する『夜明けを待つ』は、著者の両親やパートナー、二人兄弟の子供、友人知人たちとの忘れられない思い出の数々が心を打つエッセイや、国内外で出会ったさまざまな境遇にある人々の臨場感溢れるルポを集めた作品集だ。

 まず、著者の書き手としての真摯な姿勢が、ページのそこかしこに現れていて背筋が伸びる。なかでも、〈私は文章を書く時にひとつだけ決めていることがある〉というのが印象的だ。〈それは誰かをかわいそうな人と決めつけて、そう書かないこと。それはとても表層的な見方だからだ〉。書き手としてフェアであり続けたいが、やはり人間なので私情も入りがちだろう。しかし作家という仕事を天職として誇りを持つと同時に、目の前の相手の印象を勝手に決めつけないで、奢らずに相対する戒めを常に持ち続ける。そんな著者の姿勢に信頼を寄せる読者も多いだろう。

 そして自らの仕事とは〈ムーミンの友達、吟遊詩人のスナフキンのように、街々を渡り歩き、そこにいる人とつかのま出会い、そして別れること〉と定義する言葉も良い。著者の行動範囲は日本国内だけではない。東南アジアを始め世界を歩き回りたくさんの人々とコミュニケーションを交わし、その土地の風土や宗教に接する様子を読むと、世の中への飽くなき好奇心と苦しみに耐える人に向き合う切実さが同居する作家だと感じられるのだ。

 またその切実さは次の言葉にも現れている。〈いつも「もっと」「もっと」と急き立てられ、心の底で、「いつまで頑張れば報われるのだろう」と思っているのではないか。誰が始めたのか、なぜそのルールなのかわからないまま、私たちは目に見えぬ何かと闘い続けている〉。さらに、〈しかし、人々は気づき始めている。この生きづらい社会の裏側に巨悪があるわけではないのだ。私たちは巨大な踏み車の中で、ただグルグルと走り続けているネズミのようなもので、誰かがスピードを上げるともっと速く走らなければならないし、この踏み車から落ちてしまうと生きていけないと信じ込んでしまっている〉と続けている。

 これらの言葉からも、人が見向きもしない心の空白に、また耐え難い世界に、必死に真摯に痛みを分かち合いながら、人々の意思や叫びや願いを伝え続ける作家だというのを再認識できる。さらにその視線は著者の肉親や家族、そして自身にもエッセイの部分を通じて向けられる。病気や別れなどによる悲しみや苦しみ、そこから産まれる新たな発見、読者も思わず共感してしまう喜怒哀楽が溢れる日常を読んでいくと、どんな人生も他人事ではない、そう深く感じるのだ。

 シンプルだけれど、どんな相手からでも発せられる言葉を待つ。また許されるのであれば、さらに心が開かれるのをひたすら待つ。さまざまな人生を繫ぎながら、言葉や心が持つ重さや救いを実体験からここまで辛抱強く描く書き手もいないのではないか、と改めて思う。たくさんの生死が交錯するなか、今すぐでなくても良い。この本がある限り、著者はすべての人が充実した生を送るのを願い、時間をかけてでもしっかりと我々に自身の想いが届くのを待っていてくれる。また読み終えた読者だけではなく、その想いにまだ気づいていない他の人々に、もっと届いてほしい。そう願うのは筆者だけではないはずだ。

評者/山本 亮
1977年、埼玉県生まれ。渋谷スクランブル交差点入口にある大盛堂書店に勤務する書店員。2F売場担当。好きな本のジャンルは小説やノンフィクションなど。好きな言葉は「起きて半畳、寝て一畳」

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