甲子園のエース・島袋が6年で戦力外通告。プロで輝けなかったスターたち



◆実力とビッグマウス。甲子園を沸かせた川口知哉

 同じように、甲子園のマウンドに登り全国の野球ファンに鮮烈な印象を残しつつも、プロの壁に跳ね返されたプレーヤーは無論、少なくない。

 平成9年の夏の甲子園、鋭い直球と落差の大きいカーブを武器に平安高等学校を準優勝に導いた川口知哉もそのひとりだ。

 マウンドでの雄姿もさることながら、試合への意気込みを聞かれた際の「完全試合をめざします」といった、高校球児らしからぬビッグマウスも大きな話題を呼んだ。同年のドラフト会議では4球団競合の末、オリックスブルーウェーブ(当時)が引き当て1位指名で入団。ここでも希望の背番号を素直に語るなど、プロ入り後もその言動が注目を集めるも、実働5年で現役を引退。現在では女子プロ野球機構に所属し指導者としての道を歩んでいる。

◆大阪桐蔭高校から巨人入団のエリート…辻内崇伸

 2005年、巨人の1位指名でプロのユニフォームを着た辻内崇伸も、高校時代の輝きをプロの世界では放てずに苦しんだ。

 大阪桐蔭高校で甲子園出場を果たし、156kmを記録するなど本格派投手として注目を集めていた。巨人入団初年度にはペナントレースのテレビ中継において、二軍での辻内の登板の様子が伝えられるなど、その期待の大きさをうかがわせた。

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