ブラジルに残された古き良き“日本の街” 鳥居、提灯、床屋が街のそこかしこに…

ブラジルに残された古き良き“日本の街” 鳥居、提灯、床屋が街のそこかしこに…

至る場所に鳥居がある

日本からは遠く離れた異国の地、ブラジルのサンパウロに“日本の街”があることをご存知であろうか。かつては“日本人街”と呼ばれていたが、2004年から「東洋人街」と名称が変更された。筆者が実際に訪れてみると、そこには昭和の日本にタイムスリップしたかのような懐かしい光景が残されていたのだ。

◆地球の裏側に残された古き良き日本の街

 地下鉄リベルダージ駅からサンジョアキン駅にかけて広がる大きい区域に東洋人街はある。リベルダージはポルトガル語で「自由」を意味し、かつては黒人奴隷の売買が行われ、刑場があった場所でもある。筆者は今年9月に世界一周旅行の途中で久しぶりに足を運んだが、駅名が「ハポン・リベルダージ」駅に変わっていた。ちなみに、ハポンは「日本」を意味している。

 筆者が初めてリベルダージを訪れたのは97年。ペンション荒木という日本人宿に荷をほどいた。当初、ブラジルには行く予定はなかったので、下調べもせず、日系人が多く住んでいるという認識しか持っていなかった。

 宿泊者は筆者のようなバックパッカーと現地に住んでいる日系人の半々で、街を歩くと日本レストランや床屋、鳥居、日本の地名がついた「三重県橋」やら「大阪橋」があり、街灯は提灯で日本式庭園まであった。

 街の中では日本語が通じるし、道の片隅でお茶を飲みながらくつろぐ日系の爺さん達の姿を目にし、なんだか昔の日本にタイムスリップしたかのような不思議な感覚に陥った。

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