父親の死で直面した「商品としての葬儀」の話/鴻上尚史

父親の死で直面した「商品としての葬儀」の話/鴻上尚史

父親の死で直面した「商品としての葬儀」の話/鴻上尚史の画像

―[連載「ドン・キホーテのピアス」<文/鴻上尚史>]―

◆父親の死と商品としての葬儀の話

 父親が亡くなりました。

 新年一回目の連載から書くことではないと思うのですが、今、どうしても書きたくて書いています。いや、申し訳ない。正月早々、縁起が悪いよ、という方はスルーして下さい。

 去年の12月17日、夕方6時過ぎでした。

 もともと、この日、肺炎で入院したという父親を見舞うために、故郷に帰る予定でした。松山空港に6時半ぐらいに着いて、弟からのラインで、「病院に電話して下さい」に続いて「間に合いませんでした」という文章が続いていました。

 僕に連絡がつかなかったので、弟の携帯に病院から連絡があったのです。

 故郷、新居浜市に着くと、遺体はすでに病院から葬儀会館に移されていて、地元に住む叔父夫婦が待っていてくれました。

 葬儀会館の一室で眠る父親の顔を見ました。

 89歳でしたから、平均寿命を超え、天寿を全うしたと言えるのですが、それでも、唐突な死でした。

 亡くなる二日前には、見舞いに来た叔父夫婦と会話をしていたと聞きました。二日で急変したのです。

 葬儀社の人が来て、定型のお悔やみの言葉の後、「今から、いろいろとお話しします。

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