FC琉球・小野伸二「子どもの頃の夢はトラック野郎」 映画『トラック野郎』に憧れも

FC琉球・小野伸二「子どもの頃の夢はトラック野郎」 映画『トラック野郎』に憧れも

記事まとめ

  • FC琉球の小野伸二が子どもの頃の夢は「トラック野郎」だったと明かした
  • 10人兄弟で裕福ではない家庭、兄らはトラックの運転手で乗せてもらった事もあるという
  • Jリーグが発足し、プロ選手になって家族を幸せにするという思いを強くしたそう

FC琉球・小野伸二「子どもの頃の夢はトラック野郎でした」

FC琉球・小野伸二「子どもの頃の夢はトラック野郎でした」

小野伸二

―[短期集中連載 FC琉球小野伸二40歳「好きなことで生きてきた〜信念のつくり方〜」]―

 世界中で猛威をふるっているコロナウイルスのせいで、すべてのイベントが自粛の中、Jリーグもいまだ開幕のめどが立ってない。年始からトレーニングに励んでいたFC琉球。昨年、8月に移籍したレジェンド小野伸二が今だから語ることとは何か……。

◆子どもの頃の夢はトラック野郎でした

――この世の中には、およそ2万種類の仕事があると言われている。夢と仕事は「夢=仕事」としても語られる。しかし、自分の適性で仕事を選んだ人もいれば、なんとなくその仕事に就いた人、やむにやまれぬ理由でその仕事をやっている人もいる。仕事と夢、そして生き方を小野伸二はどう考えているのだろうか。

 僕は静岡県沼津市という街で生まれ育ちました。10人兄弟で決して裕福じゃない家庭環境でした。兄貴たちはトラックの運転手で、東京に行くときなんかにときどき乗せてもらってました。大型トラックって、後ろに寝るスペースがあって、そこで寝るのがすごく楽しかったのを覚えています。当時、『トラック野郎』っていう映画もテレビで再放送されてて、トラックの運転手はカッコイイなぁ〜って思ったりして……。だから、僕の幼い頃の夢はトラック運転手だったんです。

 そのせいか、今も車を運転するのが好きなんです。

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