夏の甲子園の珍事件簿。同一校名対決、誰も気づかず4アウト…

夏の甲子園の珍事件簿。同一校名対決、誰も気づかず4アウト…

写真はイメージです

新型コロナウイルスがまたも球児たちの夢を奪った。高野連は今年の8月に開催される予定であった第102回夏の全国高校野球選手権大会の中止を発表。これは戦後初の出来事だ。しかも甲子園大会が春夏ともに中止に追い込まれるのもこれまた“史上初”というまさに大事件となってしまった。

 そこでこの事態のすべての原因となった新型コロナウイルスを憎みつつ、中止以外の夏の甲子園選手権大会の事件簿5選をお届けしたい。

◆@負けたら終わりのハズなのに……何故か“優勝”

 高校野球、特に夏の大会といえば、“1度負けたら終わり”という“敗者の美学”が尊いとされている。だが、実は夏の大会創成期のころ、“敗者復活制度”が実施されていたのだ。

 これは1916年の第2回大会から採用されていたのだが、当時の参加校数ではうまくトーナメント表に収まらないための措置だった。このときの敗者復活戦で勝利した鳥取中(現・鳥取西)は次の試合で敗退したため、何も問題はなかったのだが、続く’17年の第3回大会で“それ”が起きてしまった。

 この大会では初戦敗退した6校の中から4校が抽選で敗者復活を行うことに。そしてなんとこれを勝ち抜いた愛知一中(現・旭丘)が準々決勝と準決勝、そして決勝までも制し、なんと優勝してしまったのだ。まさに敗者復活制度の恩恵に預かる形となったワケだ。

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