戦力外で医学部受験を決めた元ベイスターズ・寺田光輝の決意

戦力外で医学部受験を決めた元ベイスターズ・寺田光輝の決意

医学部を目指す元ベイスターズの寺田光輝さん

―[職業 元プロ野球選手]―

◆筑波大学卒業後にBCリーグ入りを決意

 紆余曲折はあったものの、無事、筑波大学に入学した寺田だったが、実質2浪のハンデはもちろん、能力的な部分も含めて新人有力選手との差は誰の目にも明らかだった。筑波大学といえば、国公立で唯一、1987年の明治神宮野球大会に優勝しており、首都大学リーグ1部優勝4回、2部優勝12回、プロには7人輩出するなど国公立の雄であり、当然、甲子園組も入学してくる。

 1年生の間は、身体造りを徹底的にやり、試合になるとスタンドで応援し、ベンチに入ることさえなかった。そして2年生の9月には、痛めていた肘を治すためトミー・ジョン手術に踏み切った。それは将来を見越しての手術でもあった。3年生の秋にようやくベンチ入りし、4年生では公式戦12試合中継ぎで投げ1勝1敗に終わり、大学野球生活を終えた。

 さすがにこの成績ではプロは無理だと諦め、地元の企業に就職しようとしたとき、ストップをかけたのが筑波大の奈良隆章コーチだった。「挑戦してみろ」と背中を押してくれたことで、BCリーグの石川ミリンスターズに入団。オーバースロ―からサイドスローに転向したことで球威が格段に増した。そして、2017年。DeNAベイスターズからドラフト6位で指名され、念願のプロ入りを果たしたのである。

1 2 3 4 5 次へ

関連記事(外部サイト)