お殿様たちの受難。明治になって職を転々、女遊びに逃げた元大名も

お殿様たちの受難。明治になって職を転々、女遊びに逃げた元大名も

松平容保 肖像(幕末期または明治期、作者不明。会津武家屋敷所蔵品。パブリックドメイン)

平成から令和へと元号が変わり、そして現在、新型コロナウイルスという目に見えぬ驚異に、社会が大きく揺さぶられている。漠然とした不安とともに、何かが変わっているのをひしと感じている人も多いのではなだろうか。

 社会システムや生活の大変容といえば、日本の歴史上もっとも大きかったのが明治維新だ。それまでの統治者だった殿様たちは領地も家臣も取り上げられ、激動の中に放り込まれた。そんな江戸から明治を生きた「最後の殿様」について、『殿様は「明治」をどう生きたのか』の著者で歴史研究家の河合敦氏に解説してもらった(以下、「 」内は河合敦氏)。

◆朝敵にされた悲劇の大名―― 松平容保(会津藩)

「歴史は、勝者がつくるもの。負けた側の言い分や弱者の声は消され、のちの世に残ることはほとんどない。新政府軍に敗れた会津藩も、長い間、賊徒としての汚名をきせられ、辛い立場を敷いられてきた。不幸の始まりは、九代藩主の松平容保が京都守護職を引き受けてしまったことにある」

 京都守護職へ就任した容保が、不逞浪士や尊攘派を徹底的に取り締まったのはご存知のとおり。結果、長州藩・土佐藩から壮絶な恨みを買うことになるわけだが、容保的には「将軍への忠義を第一」とする会津藩の家訓に従ったまでのこと。さらなる不運は、忠義を捧げる将軍に梯子を外されてしまったことだ。

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