元プロ野球選手の公認会計士。受験回数9回、なぜ諦めなかったのか?

安易に手を出しやすい分、維持する困難さは筆舌に尽くしがたい。結局、1年余りで辞めることとなる。

 その後、公認会計士という資格があることを知り、2004年秋から受験勉強が始まった。朝9時から17時まで帝国ホテル大阪の調理場で働き、そこから予備校に通い、22時には帰宅し、就寝まで勉強するというタイムスケジュールだった。しかし、この生活だと身体的にも負担が多いため、勤務時間を減らして勉強にあてられるように時給単価の高いネットカフェの深夜勤務、宅配便の配達などのアルバイトに代わったりした。

◆試験で“三振”、諦めようと思ったが

 公認会計士の試験は、短答式試験と論文式試験の二段階方式で、当時は毎年5月に短答式試験、8月に論文式試験というスケジュール。’06年に初めて短答式試験を受験してから4回目のチャンレンジとなった’09年に見事受かった。短答式試験に合格さえすれば、その3か月後の8月の論文式試験にたとえ受からなくとも、2年間は短答式試験を免除される。まさに第一関門は通過した形だった。

「’08年から縁あって大阪から東京に移り、会計士などの士業の資格を取るための予備校で正社員としてフルタイムで働きながら勉強しました。’09年に短答式試験が受かって論文式試験は三度のチャンスがあるんですが、三度とも落ちたんです。

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