元プロ野球選手の公認会計士。受験回数9回、なぜ諦めなかったのか?



その界隈では、これを“三振”と呼ぶんですが、会計士を目指して7年目の冬に“三振”をして、さすがにもう諦めようと思いました。周りの友人たちは『よく頑張ったよ』と言ってくれたんですけど、妻からは『ここで諦めたら絶対にあかん!』と猛反対されました。逃げていると見透かされたんでしょうね。ここから、もう一度奮起しました」

 短答式試験が2年間免除となり、あとは論文式試験に集中するだけだった。それなのに、三度のチャンスを不意にし、すべて振り出しとなった。さすがの奥村も完全に心が折れ、このときばかりは公認会計士になることを諦め、コンサルティングの仕事に就こうと考えた。友人知人は「今までよくやったよ」と労い、親類も異論はなかった。

 しかし、奥さんだけが反対し叱咤激励されることで、奥村は自問自答する。プロ野球界でも満足な結果を残せず、公認会計士も諦めてしまうとなると、すべて中途半端のまま人生が終わりかねない。年齢も32歳。自分を変えるためにも不退転の覚悟で臨むしかない。奥村は立ち上がり、再び前を見た。

◆野球も受験も根っこは同じ

「まず、勉強方法を見直しました。仕事前と昼休みと仕事が終わってから勉強していたんですが、最初の頃は、仕事が終わってから睡眠時間を削ってどれだけできるかでしたが、とてもじゃないけど身体が持たない。

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