安部裕葵は中学でプロになると決意。その挑戦期限は18歳までだった


 1999年1月に東京都で生まれた安部。その年の3月、小笠原満男はワールドユース選手権(現U−20ワールドカップ)で、準優勝している。
「僕はまだ満男さんの半分しか生きていないんですね。すごいなぁ」
――サッカーを始めたころ、アイドル選手はいましたか?
「いなかったですね。そういう意味では冷めた子どもだったかもしれませんね」
――Jリーガーになりたいという夢は抱いていたのでしょうか?
「リアリティはなかったですね、まったく。ただサッカーが好きで、負けず嫌いだったから、頑張っていたけれど、トレセン(選抜チーム)に選ばれたこともなかったし、Jリーグの下部組織に所属する機会もなかったですから」




――中学に進学すると、エスティーフットボールクラブに所属。このクラブは本田圭佑選手が経営に関わっているクラブとして有名ですね。
「僕が入ったときは別の名前のクラブだったんですが、3年になるときにエスティーフットボールクラブになりました。実際、本田さんが練習に来てくださったこともあり、いろいろな刺激を頂きました」
――高校は単身、瀬戸内高校へ進学するわけですが、その経緯というのは?
「中学時代に『プロになる』という決意をしました。そのうえで、高校ではインターハイに出場したいと。

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