安部裕葵は中学でプロになると決意。その挑戦期限は18歳までだった

ちょうど、瀬戸内と鹿島高校や青森山田から声をかけてもらったんです。でも、青森山田は日程の関係で練習会に参加できなくて、練習会に参加した瀬戸内と鹿島高校の2択になり、インスピレーションというか、『瀬戸内へ行こう』と決めたんです」
――ご家族は賛成してくれましたか?
「反対でしたね。両親はふたりともスポーツをやっていたので、プロになることの難しさをわかっていたんだと思います。だから、小学生のころは、Jの下部組織でプレーするだけじゃなくて、勉強もしっかりやらないとダメだというスタンスでした。それでも僕のプロを目指すという目標を応援してくれるようになりました。でも、瀬戸内は遠いし、過去にプロ選手がいたわけではないので、心配していました。でも、僕は親元を離れて、寮生活をしてみたいという気持ちもありました。なにより瀬戸内は、インターハイ出場校だったのも大きかったです」
――プロになりたいと決意した理由は?
「家族のためというのが大きいですね。僕がサッカーを続けるのを応援してくれていた両親が一生懸命働いている姿も見ていました。サッカーをするにはお金もかかるから。将来、もし僕がプロになれなかったとき、両親がガッカリするんじゃないのか? という責任感みたいなものがありました。同時にプロを目指してサッカーを頑張ってきた兄が、高校卒業後その道を諦めた姿を見たこともあります。

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