安部裕葵は中学でプロになると決意。その挑戦期限は18歳までだった

プロは兄の夢でもあったので、自分がやってやるんだと決意したんです。でも、高校進学を決断したときは、『プロになれなかったら』とは、考えなかったですね。そういう気持ちがあるとサッカー選手になるうえで、ベストな選択が難しくなる。決断をするときは、一番大事なものを100で考えます。サッカー70、勉強30ではなくて、100とゼロというふうに考えて決断しました」
――プロというのは、J1?
「そうですね。ほかのカテゴリーは考えていなかったです」
――プロになるうえで、大学を卒業というイメージはありましたか?
「なかったですね。高卒でプロになれなかったら、プロを目指すのはやめようと思っていました。『チャレンジするのは18歳まで』という話は両親にもしていました。兄がそうだったし、自分だけ弟だからといって、特別扱いしてほしくはなかったから。両親から『18歳でその後の人生が決まる。その間になにをするかで人生が変わってくる』と、子どものころからずっと言われてきたんです。だから、この3年間で人生が決まると思って、高校生活を送ってきました」
――どんな3年間でしたか?
「今もそうですけど、計画を立てずに、1日1日今日やるべきことをしっかりと、という感じでやっていました。必要なものが明確にわかっているときは、計画を立てて、逆算もいいと思うんです。でも、プロになる方法やサッカーが上手くなるために、何が必要かなんてわからない。

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