「スピードが命」から日本で変身。マイコラスは菅野智之を参考に成長した


 2012年の5月にサンディエゴ・パドレスでメジャーデビューを果たしたあと、巨人と契約するまで、マイナーとメジャーを9回も行き来し、解雇も経験している。
 ところが今季、オールスターにも選出されたことでわかるように、カーディナルスでマイコラスは自分の居場所を見つけたのだ。
 今シーズン、ローテーション投手として前半戦から安定したピッチングを見せ、後半戦は1敗しかしないなど、チームがプレーオフ争いに加わったのはマイコラスの奮闘によるところが大きい。
 7月14日の試合後にマイク・マシーニー監督が解雇された時点で、カーディナルスは47勝46敗でナショナル・リーグ(ナ・リーグ)中地区の3位に低迷していた。マイコラスはその翌日に先発し、マイク・シルト監督の初勝利に貢献した。
 その後、カーディナルスは41勝28敗の快進撃を見せ、シーズン終了前日までプレーオフ争いを演じた。
 シーズン初めにカーディナルスと2年契約を結んだ時は、”マイコラス”の名はそれほど知られているわけではなかった。しかし今シーズン、マイコラスが残した成績は、18勝4敗、防御率2.83。メジャーでは無名だったが、マックス・シャーザー(ワシントン・ナショナルズ)やジョン・レスター(シカゴ・カブス)と並んで、ナ・リーグの最多勝に輝いたのだ。
 この結果について、マイコラスは日本での経験を挙げ、3年間で何があったかを話してくれた。

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