神戸リージョ監督が見た日本。「しょうがない」という言葉に思うこと



 あのジョゼップ・グアルディオラ(現マンチェスター・シティ監督)は現役時代にリージョが率いていたオビエドと対戦した時、その戦い方に感銘を受け、自ら挨拶に出向き、”弟子入り”している。その練習を直接学ぶために、現役最後のチーム(ドラドス・シナロア/メキシコ)に選んだほどである。トレーニングが終わっても、リージョを質問攻めにしたという。
「(指導者は)なぜそれをするのか、ということを、とことん選手に説明し、納得してもらわないといけない。たとえば、リトリートひとつをとっても、下がるのが遅すぎても、早く下がりすぎても効果は出ないんだよ。ポゼッションにしても、日本では”常に選手同士が近づいて”というのが基本になっているが、そんな定義はない。プレーの意味を、ひとつひとつ考え、決定することが大事だ」

 筆者がリージョと出会ったのは、スペインのサラマンカ。23年前のことになる。当時、史上最年少の29歳で1部リーグのクラブを率いていた彼は、同じ論理をかざしていた。「フットボールの定理」のようなものが、そこにはあった。

 それは少なくとも、「勝ち負け」ではない。

「試合の内容と結果は、必ずしもイコールで結びつかない」

 むしろ、それがリージョの論理である。

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