東海大史上最強。箱根駅伝「山コンビ」はいかにして誕生したのか

初の駅伝デビューとなった全日本大学駅伝では4区を走り、区間3位。初駅伝は左足アキレス腱痛を抱えていたため後半は粘れなかったが、それでも大舞台での経験を積んだ。
 その後、故障を完治させ、箱根に向けて万全を期すために上尾ハーフマラソンを回避。その分、ジョグの距離を伸ばすなど長距離を走れる体づくりを進め、距離に対する不安を解消した。
 学校近くにある弘法山を走り、19キロコースのヤビツ峠も5回ほど走った。最初は、同じく山区間の候補だった東優汰(4年)と走ることもあったが、11月からはレースを想定して、ひとりで黙々と走った。
 チームではムードメーカー的な存在だ。普段はチームメイトにいじられ、先輩にもかわいがられる。練習グラウンドでニコニコしていたら両角監督から「もうちょっと気を引き締めてやれ!」と叱責されたが、それでもめげずに明るいキャラでチームを盛り上げる。
 そんな西田だが、競技に対する意識は高い。夏に実業団の合宿に参加し、昨年12月の福岡国際マラソンで優勝した服部勇馬(トヨタ自動車)と同部屋になった。そこで競技に対する姿勢や、日常生活におけるアスリートとしての意識の高さを学んだ。
 大学に戻ると、まずジョグの距離を長くした。また、もともと体が硬く、それが故障の原因にもなっていたが、体のケアに時間をかけ、メンテナンスに気を遣った。それから競技力が上がり、「自分の成長を楽しんでいます。

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