米子東23年ぶり甲子園へ。情熱の指揮官が描いた古豪復活ストーリー

米子東23年ぶり甲子園へ。情熱の指揮官が描いた古豪復活ストーリー

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「今の時代、力を入れている私立も多いですから。昔のように勝つのは難しいですよね」

 2014年春、毎年恒例の後援会の総会。会の冒頭で野球部後援会長が挨拶を述べたが、その声からは”諦め”すらも感じられた__。

 鳥取県立米子東高等学校。昭和30年代、そして昭和後期から平成初頭にかけて度々甲子園に出場し、”山陰の雄”と呼ばれていた公立校だ。「米東(べいとう)」の愛称で親しまれる同校は、県有数の進学校でありながら、春夏合わせて21回の甲子園出場を誇る。

 1960年春のセンバツでは、県勢の最高成績である準優勝を達成。夏の地方大会は、1915年の第1回大会から現在に至るまで、一度たりとも欠かすことなく出場している”皆勤校”でもある。


甲子園の決勝に行った時が本当の復活と語る米子東・紙本監督

 そのプレースタイルは、試合中に見せる洗練されたマナーを含めて「実力と品位の野球」として多くの人々の心を掴んだ。同校OBで、現在チームを率いる紙本庸由(かみもと・のぶゆき)も、同校の野球に魅了されたひとりだ。

「米子東のすぐ近くにある小学校に通っていたこともあって、幼少期からよく練習を見ていました。

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