あのマラソン金メダリストも「幻のハリマヤシューズ」を愛用していた

●短期連載〜消えたハリマヤシューズを探して(4)

 多くの感動のなか閉幕したリオ五輪。それよりはるか昔、1912年のストックホルム五輪に出場するため、駆け足自慢の学生・金栗四三(かなぐり しそう)と東京・大塚の足袋屋「ハリマヤ」の職人・黒坂辛作(くろさか しんさく)は、創意工夫を重ねてマラソン用の足袋を作り上げる。それは、足袋屋がスポーツシューズの世界に打って出るベストセラー小説『陸王』(池井戸潤・著)さながらのチャレンジだった。

 ストックホルム五輪のマラソンで完走できなかった苦い経験から、帰国後の金栗は辛作とともにマラソン足袋の改良にとりかかり、その努力はハリマヤの「金栗足袋」へと結実する。そして同時に金栗が立てたもうひとつの誓いがあった。それは、世界に通用するマラソン選手を育成することだった──。

「若き日の雄姿」と題された箱根駅伝ミュージアムの展示

■今や国民的イベントの「箱根駅伝」を発案した男■

 長距離ランナーは孤独との闘いだ。走るというシンプルゆえに奥深い競技の魅力を人々に伝えることは難しい。個人競技が面白味に欠けるならば、タスキをつなぐ継走にしたらどうだろうか。金栗は一度に多くの長距離ランナーを育成する上でも駅伝競走がいいと考えた。

「長距離走をチーム競技に仕立てて、各大学に競り合わせてみたらどうだろう。対抗意識が生まれれば各校とも力の入れようが違うし、選手もはっきりした自分の責任が生じて、練習のつらさも克服できるだろう」

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