長友佑都「インテル退団説」のウラにある指揮官の好みとSB事情

 フランク・デ・ブールがインテルのベンチに座って以来、チーム内のヒエラルキーは、ロベルト・マンチーニ時代からがらりと変わってしまった。

 デ・ブールはチームを把握するまで、しばらくはマンチーニのやり方を踏襲していたが、その後自分の考えに基づいてチームをいじり始めた。これは監督が代われば当然起こり得ること。ある程度は予想できた。マンチーニのもとで長友佑都は常に左SBとしてプレーし、たとえトルコ最高のSBと呼び声の高いジャネル・エルキンが加入しても(監督交代後、すぐにまたレンタルで出されたが)、長友がこのポジションのレギュラーであることは変わりなかった。しかし、デ・ブール・インテルになってからは勝手が違った。

 長友はリーグ初戦のキエーヴォ戦でこそスタメンだったが、その後、練習中に右のふくらはぎを痛めたこともあり、2節のパレルモ戦で控えにまわった。それ以来、長友はなかなかベンチから立ち上がることができない。正確には、その後、長友が出場した試合は2試合。ヨーロッパリーグの対ハポエル・ベア・シェバ(イスラエル)戦と、先日のローマ戦での途中出場(後半17分から)だ。そして彼がこれまで出場した3試合すべて、インテルは敗れている。単なる不運な偶然なのだが、それでもあまりいいことではないだろう。

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