J1からJ2、J3、JFLまで渡り歩いた市川大祐が語る「引退秘話」

【2016年引退特集(2)】
■「自らを失わなかったスター」市川大祐(前編)

「17歳322日」という日本代表出場最年少記録を持つ市川大祐が、JFLのヴァンラーレ八戸でプレーした2016年シーズンを最後に、現役生活に幕を下ろした。清水エスパルスユース所属だった1998年、突然の日本代表入りで日本中を驚かせてから、19年。引退への経緯、そして今後について語った――。

―― これまで、本当にお疲れさまでした。早速ですが、現役生活にピリオドを打った経緯を聞かせてください。

「引退を決めたのは、(今季の)リーグ戦を5試合ほど残していた10月です。長い間、右ヒザに故障を抱えていたのですが、6月くらいから徐々に、その箇所に痛みやズレのような、強い違和感を覚えるようになりました。怖さを感じながらもプレーしている中、この状態で来年も続けていくのは厳しいと思うようになって、現役選手としてこれから先のイメージが湧きにくくなったことで、引退を決意しました。ケガを抱えながらも、チームのJ3昇格を目指してヴァンラーレ八戸に加入したので、それを達成できなかったことが、心残りです」

―― 引退を決意して、クラブにはすぐに伝えましたか。ニュースとして世間が知ることになるまで、やや時間があったと聞いています。

「そうですね。クラブに伝えるまでには、ちょっと時間が必要でした。『引退します』と口にしたら、本当にそこで選手としての生活が終わってしまう。(自分の中で)決意はしていても、なかなか言葉にすることができませんでした。小学校1年生からサッカーを始めて、それを仕事にもできて、本当に幸せな時間を送ってきました。それができなくなって、プロ選手として積み重ねてきたものが途絶えてしまう寂しさですね。(クラブに引退を)『今日、伝えよう』と思って練習に行っても結局は言えず、『明日、伝えよう』と決めても、また言えない。そんな日が2週間くらい続きました」

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