創価大の恩師が見続けた 「田中正義と池田隆英のライバル秘話」

「すごいヤツが出てきたなぁ......」と思ったのを覚えている。秋山幸二みたいなセンターになれると思った。1980年代〜90年代の西武黄金期の主力としてチームを支え、94年に移籍したダイエー(現・ソフトバンク)でも活躍したスーパースター。彼こそ本物の三拍子揃った選手だった。そんな選手がプロにいなくなったなぁ......と思っていた時期だったから、インパクトはことさら強烈なものになった。

 2012年夏の神宮球場。甲子園をかけた西東京大会。創価高のセンターを守る長身の右投右打の選手に目を奪われた。試合前のシートノックで、左中間、右中間に飛んだ打球を追うスピードの素晴らしさ。また、送球の際に垣間見せた地肩の強さにも驚いたが、全身をしなやかに躍動させるフォームがなにより素晴らしかった。

 その選手こそ、田中正義(ソフトバンク1位指名)だったのだ。4番、センターでキャプテンも務める、まさにチームの大黒柱。この試合、最初の打席でレフトスタンド中段に叩き込んだ大アーチも見事だったが、それ以上に彼の印象として強烈に残っているのが、さらに2年前に見た高校1年夏の背番号1だ。

 高校1年で背番号1を背負い、しかもこれだけ飛び抜けた身体能力を持った選手が、なぜマウンドに上がらないのか? 試合中、ずっとそのことが気になっていた。

「(田中)正義はね、まず肩をしっかり治して、その間に下半身を鍛えて、それで(大学に)来てくれればいいからって。高校1年から肩を痛めていましたからね。肩だから時間をかけないといけないし......まぁ、ピッチャーがダメだったら外野手としてプロでもやっていけると思っていたから。むしろ、あの頃、僕が欲しかったのは正義ではなく、池田(隆英)の方だったし......」

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