原口元気も流浪の民に?くすぶり続けるヘルタのベルリン移転問題

 夏の晴れた青い空よりも、冬の陰鬱な曇り空のほうが、どこか似つかわしい――原口元気が所属するヘルタ・ベルリンの本拠地オリンピア・シュタディオンは、荘厳(そうごん)な雰囲気を醸し出しながら、これまで50年以上、ブンデスリーガの熱戦を見届けてきた。

 ベルリン生まれの建築家、ヴェルナー・マルヒが設計したこのスタジアムは、もともとナチス・ドイツが国威発揚とドイツ帝国の優位性を世界に知らしめるために開催した、1936年ベルリンオリンピックのメイン会場だった。五輪開催後もドイツ代表の試合会場としてたびたび使用され、1963年のブンデスリーガ創設と同時に、ヘルタのホームグラウンドとして現在まで利用されている。

 昨シーズンから今季のここまで、順位表の上位に名を連ねることの多いヘルタだが、1980年代から1990年代半ばまでは主に2部リーグに在籍しており、2010年以降も計2シーズン、1部の舞台から離れてしまった。首都を本拠地とするクラブではあるものの、残念ながら「ドイツサッカー界の主役」と呼べるほどの存在感はなく、7万4475人を収容可能なスタジアムが満員になることは稀だ。

 「選手には満員のスタジアムでプレーしてほしい」と首脳陣が願うのは当然のことであり、空席が目立つ現在の状況には、彼らもかねてから気を揉んでいた。そして昨年初め、ヘルタはついに「収容人数約5万5000の新スタジアム建設案」が内部にあること、つまり、オリンピア・シュタディオンから離れる意思があることを公表した。

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