WBCの悲劇。そのとき、豪腕サウスポー石井弘寿に何が起きたのか

■シリーズ「もう一度投げたかった」──石井弘寿(前編)

 2006年、初めて開催されたWBCの日本代表メンバーに28歳の石井弘寿がいた。プロ7年目の2002年に最優秀中継ぎ投手に選ばれ、2005年には4勝37セーブを挙げたサウスポー。しかし、WBC第1次ラウンドの韓国戦に救援登板し李承?(イ・スンヨプ)にホームランを打たれて降板。この試合で肩を痛めて......二度と155キロのストレートは投げられなかった。悲運のWBC元日本代表に肩の手術、完全復活を目指した日々について聞く。
◆2006年のWBC前、肩にも、ひじにも不安はなかった

──石井弘寿さんは1995年ドラフト4位でヤクルトスワローズに入団しました。当時、捕手に古田敦也さん、投手陣には吉井理人さん、石井一久さん、高津臣吾さんなど、そうそうたるメンバーが揃い、監督は名将・野村克也さんでした。

「僕は1年目の夏ごろに一軍に上げてもらいましたけど、それは『若いピッチャーを見たい』ということだったようです。そのときは何もわからず、力一杯に投げるだけ。何回チャンスをもらっても、ストライクが入らず、フォアボール、フォアボールで自滅して、すぐに二軍に落ちるタイプでした。少し落ち着いて投げられるようになったのは1999年、2000年くらいからではないでしょうか」

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