イチローが「勝敗に関係なく打ちたかった」シアトル凱旋弾への想い

 シアトルが衝撃に包まれた5年前の夏。

 イチローがマリナーズからヤンキースへトレードされたという一報がシアトルの街に流れたのが、2012年7月23日、午後2時過ぎのことだった。

 じつはその日、個人的に忘れられない思い出がある。

 イチローが背番号31のついたヤンキースのユニフォームを着て練習を終えたあと、試合が始まるまでのわずかな時間ではあったが、球場内でお気に入りのタイカレーを食べようと、売店が並ぶコンコースへ走った。タイ料理の店で売られているタケノコと豚肉の入ったココナッツ風味のイエローカレーは、ほどよい酸味と辛みが合わさった、アメリカの球場グルメの中でもとびきりの逸品だった。これまでにいったい何杯食べたか数え切れないくらい、シアトルでの試合前の小腹を満たすのに重宝してきた。これでしばらくは食べることもないだろうと、いつものようにイエローカレーをオーダーして、会計する。これまた馴染みながら、今まで笑顔で挨拶を交わすくらいだったシロクマのようなでっかい店長が、突然、こう言った。

「今日はお金はいらない。今まで、ありがとう。ニューヨークへ行っても、元気でな」

 もちろんこれは、イチローへの言葉ではない。シアトルへたまに来る日本人の野球記者に向けた言葉である。

 さすがに驚いた。アメリカ人が日本語で書かれたイチローの記事を読めるとは思わないが、ぶら下げたクレデンシャルを見て、日本のメディアで仕事をしていることは理解してくれていたのだろう。あの「ありがとう」は、それがタイカレーを食べ続けたことだけへの感謝だったとは思えない。シアトルにとって、イチローの存在は斯(か)くも大きかったのかと思い知らされたものだった。

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