追悼・森慎二コーチ。4月に語っていた「腕がとれた!」悪夢の故障

 6月28日の夜、埼玉西武ライオンズは森慎二投手コーチが多臓器不全のため、福岡市内の病院で死去したことを発表した。発表によれば、森コーチが亡くなったのは同日の午後0時10分。その前日に病気療養を理由とした休養が発表されたばかりで、あまりにも早い事態の急変に球界関係者の間にも衝撃が走った。

 Sportivaでは、わずか2カ月前に投手の故障をテーマにした連載で「森慎二編」を掲載したばかりだった。取材の際には、故障についての衝撃的な体験やリハビリの苦しさについて、ときに身振りもまじえながら穏やかな表情で語ってくれていた。自身の体験を若手投手たちへの指導に生かしたいと話していた矢先の訃報は残念でならない。森コーチが伝えてくれた壮絶な体験談を改めて再録するとともに、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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◆シリーズ「もう一度投げたかった」──森慎二(前編)

 2002年、2003年と2年連続で最優秀中継ぎ投手のタイトルを獲得した西武ライオンズの快速リリーフ投手は、2005年オフにポスティング制度を使ってタンパベイ・デビルレイズ移籍を果たした。だが、シーズン開幕直前、投手生命を絶たれるほどの大ケガに見舞われてしまった......。右肩脱臼で全治1年──。メジャーリーグが夢と消えた瞬間、森慎二は何を思ったのか?

■超合金ロボットの部品が壊れるみたいに......

──2006年、森慎二さんはメジャーリーグでプレーするためにタンパベイ・デビルレイズ(現レイズ)と契約し、アメリカに渡りました。当時、31歳。日本のプロ野球で9年間の実績を残し、満を持してポスティング制度でのメジャー移籍でした。いちばん脂が乗り切った時期でしたね。

「アメリカで野球をすることについて、気になるところが全然なかったわけではありませんが、ほとんどはクリアできると思っていました」

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