あの元ヤクルト助っ人が、監督としてメジャーに注入したニッポン野球

 プロ野球選手として14年のキャリアを積んだトーリ・ロブロは、現役最後の1年を日本のヤクルトスワローズで過ごした。

 1987年のドラフトでデトロイト・タイガースから指名を受け、メジャーで7球団を渡り歩いたロブロは、35歳だった2000年に若松勉監督が指揮を執っていたヤクルトと契約した。

 内野ならどこでも守れるユーティリティープレーヤーとして期待されたが、当時のヤクルトの内野は、ロベルト・ペタジーニ、土橋勝征、岩村明憲、宮本慎也と球界屈指の陣容だった。そのためロブロは29試合の出場にとどまり、66打席で放ったヒットはわずか13本。結局、1シーズンで退団となった。

 数字だけを見れば、日本でいい経験をしたとは思えない。だが、今季からMLBのアリゾナ・ダイヤモンドバックスの監督になったロブロにとって、日本で過ごした1年は、自身の野球人生において欠かすことのできない貴重な時間だった。

 その頃、ロブロはすでに監督という仕事に興味を抱いており、ヤクルトでの経験を事細かくノートに記していた。

「日本での経験は、私に新たなたくさんのことを教えてくれました。練習の仕方、ゲーム中の細かな気遣い、いろんな状況に備えることの大切さなど......起こりうる可能性があるすべてのことに対しての対処法を教えてくれました」

 そしてロブロはこう続けた。

「私は、日本野球の徹底した教え方が好きだったんです。ただ、本塁打を打てばいいということだけじゃない。守備や走塁の細かさ、そして勝つことに対してのこだわり。日本の野球は、私に新しい知識を与えてくれました」

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