あのストイコビッチがベンゲル就任に興奮。「素晴らしい監督だよ!」

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【短期連載・ベンゲルがいた名古屋グランパス (2)】

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欧州を離れ、日本にやってきたピッチの妖精

 1990年イタリア・ワールドカップにおいて、「大会ナンバーワン10番」としてディエゴ・マラドーナを凌ぐ評価を得た天才MF――。”ピクシー”ことドラガン・ストイコビッチは、ジーコやピエール・リトバルスキー、ギド・ブッフバルトら大物選手が顔を揃えた創成期のJリーグにおいて、まぎれもなく超一流の選手だった。


競り合う名古屋のストイコビッチ(左)と浦和のブッフバルト(右)photo by AFLO

 しかし、そんな彼も、ワールドカップ以降は不遇をかこっていた。

 フランスの名門、マルセイユの新10番として迎えられた1990−1991シーズンは、開幕して早々に左ヒザを負傷し、その後のシーズンを棒に振った。1991−1992シーズンはセリエAのヴェローナに期限付き移籍したものの、ケガの影響もあって不完全燃焼に終わっている。

 ユーゴスラビア代表としては、欧州選手権の予選を勝ち抜いて1992年夏の本大会出場を決めたが、ユーゴスラビア内戦への国連の制裁措置としてFIFA、UEFAから代表チームの活動停止処分が下され、出場権が剥奪された。

 その後、1992−1993シーズンにマルセイユに復帰すると、チームはリーグ5連覇と欧州チャンピオンズカップ優勝を達成。

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