渡辺久信が振り返る伝説の日本シリーズ。「西武にエースはいなかった」

それにバランスの取れた打線だったと思います。一番・飯田(哲也)から始まって、広澤(克実)さん、池山(隆寛)、古田(敦也)など、野村(克也)さんが思っているような、いろいろな野球ができる駒がそろっていたという印象がありますね。
――この連載において、ライオンズのコーチだった伊原春樹さんは、当時「相手はヤクルトか、今年は楽勝だなと思っていた」と言っていました。渡辺さんは、どのように思っていましたか?
渡辺 それは伊原さんだから、そう考えていたんだと思います(笑)。僕ら選手たちは、そんなことは一切思っていなかったと思いますよ。同じプロ野球人として、1年間のペナントレースを制してセ・リーグを勝ち上がってきたチームに対して、そんなことは一切思わないです。それは相手に失礼ですからね。
―― 一方のスワローズナインに話を聞くと、「黄金時代の西武に勝てるはずがないと思っていた」と、当時の心境を口々に話していました。
渡辺 確かに、僕たちも「互角だ」とは考えていなかったとは思うけど、「短期勝負はやってみなければわからない」というのは、みんな思っていたんじゃないですかね。ただ、この頃にはすでに僕自身が衰えていたし、全盛期も過ぎていた頃だったという印象が強いですね。
――当時の渡辺さんは、1992年がプロ9年目の27歳、翌1993年がプロ10年目の28歳。

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