山田久志が語る谷繁元信獲得秘話。「名古屋って、難しいところだよ」

それでコーチ業をつけるから、その役割をしながら貢献してくれんか』と。だけど、『いや、私はまだ現役で勝負したいんです』ということで横浜に出したんです」
――基本はまず、谷繁を入れるということだったんですね。
「そうです。ドラゴンズの先を考えたときにせっかくいい素材のピッチャーがいるのにこのままでは伸びない。谷繁には注意したことがあるんだけど、若手のピッチャーで経験のない者をあんまり怒ったらいかんと。教えるのは構わないけど、怒ったら委縮してしまうから、そこはちゃんとメリハリをつけてやってくれよと」
――谷繁がピッチャーを育てたという意味でも大きかったですね。いかにして説得したのでしょう。
「谷繁に言ったのは『名古屋って、おそらく今、君が思っているように難しいところだよ』と」
――「難しいところだ」と?
「ズバリ言ったよ。その代わり、うまく街やチームに溶け込んだら、街が全体的に認めてくれる、これは他のところにはないぞと」
 プライドをくすぐるわけではなく、むしろ挑発するようなニュアンスが谷繁にはフックしたのだろうか。コーナーストーンが決まれば、次は二遊間への着手だった。
――アライバコンビが生まれた経緯を教えてください。
「当時、立浪(和義)は膝の故障があって、そして福留のショートは無理だと。で、二宮(至)コーチが『福留は外野という考えはないですか?』と言ったんです。

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