「それは仙さん、筋が違う」山田久志は島野育夫の阪神移籍に抗議した

ただ島野さんの件は、私はショックだったね。あの時は電話で、ふたりで結構しゃべりました。『それは仙さん、筋が違う。いくらなんでも』と」
 調べたら、島野の入閣は既成事実的に決まってはいたが、中日が島野と契約書をまだ交わしていなかった。その結果、片腕と考えていた島野は阪神に移籍し、山田は組閣の再編に迫られた。しかし、本来球団とのパイプ役になってくれるはずの星野はおらず、コーチ人事についての山田からの要望は通らなかった。
 現場を預かる山田へのサポートが、いかに希薄であったのか。象徴的な現象が、ドラフトと「ケビン・ミラー問題」から見てとれる。ドラフトは2001年と2002年の中日の指名選手を見れば、一目瞭然であろう。上位指名に山田の意向は反映されていない。
 2001年は、山田本人は大阪桐蔭の中村剛也(西武ライオンズ)を推していたが、谷繁元信がいるにも関わらず1巡目(前田章宏)、3巡目(田上秀則)ともに捕手。2002年の1巡目はアライバが全盛期を迎えようとしているのに内野手(森岡良介)であった。
 前後を挟む指揮官、星野や落合博満が強化や編成の実権を持たされていたことと比べればあまりにも対照的である。そして、フロリダ・マーリンズのケビン・ミラー獲得の失敗。
 メジャーで二年連続の3割を記録していた主砲とはすでに2年契約を交わし、支配下登録も済ましていた。

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