「それは仙さん、筋が違う」山田久志は島野育夫の阪神移籍に抗議した


 礎を築きながら、1年目は巨人に優勝を許し、2年目は星野阪神にぶっちぎられたことで、球団は山田に対して冷淡であった。
 2003年9月9日、勝率はほぼ5割をキープしながら、遠征先の広島で解任を告げられた。
 ホテルを出る際、見送りは誰ひとりおらず、選手に挨拶をすると自分で荷物をまとめ新幹線に乗り込んだ。グリーン車で名古屋に帰る途中、社内のニュースで「中日ドラゴンズの山田久志監督解任」という文字が流れるのを見た。
 実際に名古屋は本当に難しいところだった。往年の阪急ファンからすれば、いたたまれないような仕打ちであるが、それでも山田は恨み言を一切言わず、今でもCBC(中部日本放送)のドラゴンズの応援番組に出演しては、ポジティブな発言を続けている。
「愚痴など言いませんよ。なんでCBCにお世話になるかと言ったら、前の社長をやった会長の夏目(和良)さんが、コーチ時代から私を気にかけてくれたんです。それはとても大切なことで、夏目さんは、私が解任される2日前ぐらいに、実は監督室に来られたんです。あの時、だいたい会長は(解任が)わかっていたんでしょうね。でもそれを言わないで顔を見て帰るんですよ。私が名古屋で一番うれしかったことです」
 中日は東海地方で唯一のプロ野球チームということもあり、しがらみも多く、いわゆる選手個々のタニマチの影響も大きい。

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