現在会社員の「黄金世代」。氏家英行の野望とチームメイトへの思い

”大宮愛”が強かったのもあったんですが、モチベーションが上がらなくなってしまった。正直、何のためにサッカーをしているのか、わからなくなってしまったんです」

 草津の水が合わず、氏家は2005年の1シーズン限りで退団。その後、いろいろなチームから声をかけてもらったが、氏家はこの時、このまま選手としてプレーを続けていく自信を失っていた。現役引退もちらついていたという。

 そんな状況のなか、氏家はあるチームの誘いを受けた。群馬県1部リーグの図南SC群馬(現tonan前橋)だった。Jリーグからはカテゴリーが下がる県リーグへの移籍だったが、氏家にはある狙いもあって、それを決断した。


「図南から話があった時、(自分の中には)いつか自らがマネジメント、もしくは指導するチームをJリーグに上げてみたい、という思いがあったんです。

 そして、その思いを頭の片隅に置きつつ、チームに入ってプレーしていくなかで、自分は指導者になりたいのか、経営者になりたいのか、それとも違う道に進むべきなのか、ずっと考えていました。最終的に、自分はサッカーを教えるのが好きなんだ、というのをあらためて実感し、指導者の道に進もうと決めたんです」

 2007年からはコーチを兼任し、2014年には監督代行も務めた。

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